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高麗の里散策①幻の高麗郡石灯篭

2015.02.12.Thu.12:48
★高麗郡の石灯篭
友人の家に行った時、亡きご尊父様の地域史に関する大変貴重な本を貸していただいた。
「いつでもいいよ。返すのは」
と言ってくれたが、なんせ超お高い本。
しかも分厚い。
今では非売品でお宝物。
コーヒーのシミなぞつけてはいけないと思い、マイ・テーマである古代史部分をコピーしてお返しした。
九十九史考 小板橋良平編者 あかぎ出版←県立図書館ならあるかもしれない。
今年初の一人探検は志賀の里だった。
(ご覧になっていない方はカテゴリ安曇野伝説の中の「志賀の里」を是非、お読みください。)
そこで、地元の商店のおばさんの言った「コマ」
「あそこはコマだからね」
のセリフが妙に残った。
コマとは、知り合いの学芸員さんによると「高麗」からきているのこと。
渡来人の集落であるというヤハリな見解であった。
私の住む安中市にも「コマ」と呼ばれる集落がある。
安中市史を編纂した博識の元校長さんも「あの一体は「コマ」なんだいね」といっていた。
その九十九史考によると(P266)
「古代の高麗郷は、小日向、後閑全域、下秋間(板鼻境まで)、場合によれば増田も含まれていたかも知れない。」
石灯篭に「上州碓氷郡高麗郡」という文字が刻まれいてる写真が、載っていた。
この「高麗郡」という石灯篭の写真に魅せられた。
もう、見に行くっきゃない。
今日こそは、でかけよう。
そこで本日、資料片手に、「上州碓氷郡高麗郡」という文字が刻まれている石灯篭発見の一人探検に出た。

  安中市文化センターから高麗の里を眺める
P800klo.jpg★こまの桂昌寺
「下秋間の桂昌寺は、昔から「こまの桂昌寺」と呼ばれていた。
この地まで高麗郷だった証である。」~資料抜粋
桂昌寺は、安中城を築いた安中忠政の建立で安中城の東北 鬼門にある。
いつも国道18号を通る度、文化センター近くの九十九川の向こうのコマの集落、
東西に連なる里山の麓に金の鳩尾が輝くプチ東大寺のようなお寺を視界に入れつつ
いつか行ってみたいと思っていたが、そのお寺が、なんと
「こまの里の桂昌寺」だった。
しかし、桂昌寺内を隈なく散策したが、お目当ての石灯篭はどこにもなかった。
歴史的文化的価値がありすぎて、寺院の奥深く大切に保管されているのかもしれない。
そうかといって・・一面識もない住職に突然電話するのも如何なものか・・・とためらう。
そういう場合は、即、撤退。
だいだい、welcomeで「拝観料○○円」には意欲が湧かない。
あるかないかわからない。
みたい人だけが、見れる。
そういうものは、是非とも見たいという我が変な体質。
こういう時は、発想大転換。
~見れないからこそ、いいのだ。
秘められたものには美がある~
その建物の周辺を散策する。
そうすると以外な発見があるものだ。

P1010761.jpg
★白山神社発見
桂昌寺に向かって右手方向に小さな道路があるので車で登ってみた。
くねくねした細い道路を行くと「白山神社」が鎮座していた。
~以前、安中市の地図を毎日眺めては、山の裾のに何故か「白山神社」が多いことを発見した。~
道に沿って、何軒か家があった。
P1010748.jpg
★ポックリ不動尊発見
もう少し行くと何やら案内文がある。
すぐ下にポックリ不動尊があるという。
まだ、チト早いが、「ポツクリ」には大賛成なので、祈願 詣でとあいなった。
jkP800.jpg
★水への感謝と信仰
また、案内板によるとこの下の九十九川の「湯沢の沢には、
昔より良水あり動物鳥類その水に傷つきし体を休めることあり」
水への感謝と信仰があることを感じて、嬉しくなった。
asd800.jpg
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