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憧れの入鹿神社へ⑤

2018.11.27.Tue.09:59
そもそも 谷口雅一氏の「大化改新」隠された真相によると
蘇我氏=逆臣史観は、日本書紀によって、植え付けられたものらしい。

☆彡天皇家最大の閨閥としての蘇我氏

~以下、その叙述に入る前提として、読者に是非頭に入れておいてもらいたいことがある。
それは、蘇我家と天皇家の婚姻関係である。
蘇我氏といえば即ち逆臣であり、天皇家と対立する存在としてイメージされることが多いが、六、七世紀において、最も天皇家と
血の繋がりの深い豪族であったことは見過ごされがちである。
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系図を見ると、馬子の父である蘇我稲目は二人の娘、小姉君と堅塩姫をそれぞれ欽明天皇に嫁がせている。
小姉君が崇峻天皇を 堅塩姫が推古天皇と用明天皇をそれぞれ生んでいる。
稲目は、三人の天皇の外戚として大和朝廷に確固とした基盤を築いたのである。
一方、これを馬子からみると、三人の天皇は彼の甥や姪にあたる。さらに馬子は、娘の刀自古郎女と法堤郎女を、それぞれ有力な皇位継承者と目されている厩戸皇子(聖徳太子)と後の舒明天皇に嫁がせている。馬子もまた、父親の稲目同様に、天皇家と確固たる姻戚関係を築いていたことがわかる。
つまり系図を眺めただけでも、こういえるのではないか。
稲目以来、蘇我氏は天皇家との姻戚を通じた強い結びつきを維持し、それを自らの最大の権力基盤したのではないか、と。
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