FC2ブログ

高崎市佐野地区①

2017.09.07.Thu.08:04
☆柳生さんのフェイスブックよりシェアしました。

いにしえ を往く・高崎市佐野地区
2017年9月4日(月)
①『定家神社』】所在地:群馬県高崎市下佐野町873番地。

▼「来ぬ人を まつ尾の浦の夕なぎに 焼くや藻塩の 身も焦がれつつ」
いつまでも現れない貴方を待っていると まるで松帆の浦の夕凪の時に焼く藻塩のように 私の身はずっと恋焦がれるのです(「小倉百人一首」の定家の歌)

▼藤原定家(権中納言定家。1162-1241)歌人・官人。歌人としては「ていか」と読むけど、「さだいえ」が正しい。栄華を誇った藤原道長から5代後の子孫にあたる。
『新古今和歌集』『新勅撰和歌集』の二つの歌集の撰者として著名な人物だ。
その藤原定家を祭神としているのがこの『定家神社』。

▼境内には「万葉集 東歌」の歌碑が建っていた。

「佐野山に 打つや斧音(おのと)の 遠かども 
寝もとか子ろが 面(おも)に見えつる」(万葉集・巻十四 3473)

「佐野山で打つ斧の音のように遠いけれども 寝ようというのであろうか あの子が面影に見えたのは」

歌碑は神社の対岸、高崎市山名町の八幡山にも建っている。そこが佐野山だろうか。上毛三碑の「上の山碑」に近い。
神社の立地はそんなロケーションだ。

▼定家の血を引く民部卿為茂による「定家大明神之縁起」(元禄7年、1694)によると、定家が東国行脚の折、佐野の松原に草庵を結び、しばらく住んだ後、持仏の観音菩薩を村人に贈り、京へ帰った。村人達は定家を慕い、草庵を堂として、観音像を安置して信仰したとされている。

▼半紙に「こぬひとを まつほのうらのゆうなぎに やくやもしほの みもこがれつつ」の歌を書いて、定家神社の木戸に貼っておくと、3日以内に失せ物が見つかるという言い伝えがあるそうだ。
恋い慕うお方の行方も知れるといいですね。


今回(9/3)歩いた高崎市上下佐野町かいわい。
21270809_1934969453422608_745975822356201517_n01.jpg

上越・北陸新幹線の高架下です。
21270877_1934969473422606_4911547940743236052_n02.jpg

定家神社の鳥居。前面道路は6m以上あり、交通量も少ないが、ナビがないと分かりにくいかな。
21314492_1934969476755939_4439720157696947236_n03.jpg


21270924_1934969483422605_1859856602952862777_n04.jpg

拝殿。
21271003_1934969506755936_4273856000153336362_n05.jpg

小さな円墳が境内にありました。この佐野一帯は、大小70基以上の古墳があったようだ。
21317776_1934969536755933_642305981735755345_n06.jpg


21271151_1934969516755935_1062720237318521763_n07.jpg

美しい本殿。
21271150_1934969560089264_711409786218515363_n08.jpg

境内に万葉集東歌の「佐野山に…」の歌碑があります。
21270875_1934969583422595_2197750207266312206_n09.jpg

由来は分りませんが、定家神社の中にありました。
21271344_1934969596755927_6340427616900154629_n10.jpg

スポンサーサイト
コメント

管理者にだけ表示を許可する