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羊太夫(ひつじだゆう)伝説④参考文献を歩く

2015.01.10.Sat.11:44

「古墳のはなし」尾崎喜左雄 学生社

今では、誰も知らない鹵簿(ロボ)導事件
~昭和9年に群馬県で行われた陸軍大演習では、演習終了後の巡航で、昭和天皇を桐生市の西小学校から桐生高等工専(現群馬大学工学部)へと案内することになっていた。
ところが先導車が道を間違えて先に桐生工専へつれていってしまい、大騒ぎになった。
いわいる「鹵簿導事件」である。
その発端をつくった警察官は自殺未遂をし、当時の群馬県知事は更迭され、その他、多くの関係者が処分された。
いまでこそちよっとしたハプニング程度と思われがちであるが、当時の天皇の地位は絶対的なものであったから、不敬の極みにあたる大変な不始末であった。
これに替わって、気分一新の命を受けてきたのが「君島新吉」であった。~(抜粋)
その君島知事が先の事件で意気消沈した県民の意識を高揚させるため「全国に誇れる古墳の総合調査」
を研究者等を総動員し、取り組み8423基の古墳の大量な資料が山積みとなった。
この膨大な資料を整理し、報告書としてまとめあげる難作業を誰がやるのかという時
その白羽の矢が当たったのが、尾崎氏だった。
当時の古墳研究はまだ未開の分野だった。
京都大学で考古学の基礎を学んだ尾崎氏は「日本でもっとも古墳の多い群馬の地で、古墳から古代史の資料をとろう」と決意し、群馬に赴任。
二度も召集されながら、古墳の調査・研究に偉大な業績を残した。
氏の鞄の中には、常に岩波文庫の「古事記」「日本書紀」がおさめられていたという。

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「多胡の古碑に寄せて」井上清 長谷川寛見共著 あさを社

井上氏は地元の研究者で、元教師、退職後は郷土資料館に勤務した。
地元の遺跡の調査・発掘から唯一残されている「日本書紀」「続日本記」の文献を照合して
羊は個人ではなく「羊集団」。
新羅から来た渡来人集団であると判定。
朝鮮半島と日本を行ったり来たりしていた古代の大豪族 上毛野君(かみつけのきみ)が、新羅に遠征し、捕虜として連れ帰った人々であるという。
国分寺に住んでいた古代瓦の収集家 住谷修氏から関越自動車道国分寺エリアから「羊神人宿小稲麻呂」とヘラ書きした瓦が出土し「タクシーで来い」と言われ駆け付けたくだりは目に浮かぶ。
お二人とももうこの世にいないが、生きていれば何時間でもお話を伺いたい・・・
米寿で「天皇家とユダヤ人」「上野国の渡来文化とペルシャ」を読むその精神の若さに脱帽。

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「辛科神社と羊の伝説」 宮司 神保茂一郎 禰宜 神保侑史(平成2年御大礼記念)

~羊の太夫にまつわる伝説は多胡郡開拓の盛衰を語る伝説であるが疾足を伝える八束の小脛は古事記、日本書紀、風土記等に登場する八束脛、七束脛と同じで極めて足の長い人従って足の速い人という意味でありクモとかツチグモとか呼ばれた先住民族(土着民)の特徴を誇張した呼名であったようだ。
上野下野(カミツケシモツケ)という毛の国は御食国(ミケツクニ)即ち天皇の御食料を奉る国と理解することができるが毛人(エミシ)の国を表すともいわれる。
大和武・ヤマトタケル(雄略天皇)の上奏文に「東は毛人五十五国を征す宗書」などとあるから毛の国はその中心であり東国一の大国だったと思われる。
多胡郡は南の山を越えて神流川を渡ると秩父郡でありこの神流川や鍛治、丹生、金井、タタラ沢、金井沢などという地名が吉井町の周辺に散在し製鉄の係りの深い土地であることが立証できる。
羊太夫伝説を語り伝えた人々は自らその子孫と信じた採鉱治金鍛治の徒であったようだ。
また金色の蝶となって舞い上ったということは養蚕に深いかかわりあいがあったようもある。
多胡郡が新設され年に朝廷では、織部司(オリベノツカサ)を諸国に派遣して錦綾(ニシキアヤ)を織ることを習わせたという記録もある。
多胡郡には甘楽郡から織裳郷が移されており養蚕紡績の歴史は古いものと思う。(抜粋)~

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月刊 上州路 特集「今に生きる韓来文化」
「上野国の韓来文化訪問記
羊太夫伝承に誘われて
韓の国 多胡の里へ
熊倉 浩靖」
この歴史紀行文は、素晴らしい。
韓日の古代史にハマり、羊太夫関連の文献を読み漁っていた私に、初めて科学の光が差し込んだような感動を覚えた。
後でわかったことだか、熊倉氏は、私が最も尊敬する歴史学者上田正昭氏の秘蔵っ子とのこと。
ナルホドと納得。


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コメント
こんばんは yukope と申します。

私は、去年の暮れにお友達に誘われ
辛科神社へ行ってきたばかりでした。
金属の狛犬には驚かされました。
大陸から渡ってきたものなのでしょうか?

多胡碑のレプリカは もう一つ 「羊神社」にあるというのですが
お正月は混んでいてとても行けません。
静になったら お参りに行ってみようと思っています。

yukopeさま
随身門に安置されている高麗犬ですか?
神保宮司さんから、頂いた資料によると、随身門になにもないので、前住職が埼玉県の某業者より購入したものだそうです。


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