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キトラ古墳

2017.02.14.Tue.08:58
キトラ古墳(キトラこふん)は、奈良県高市郡明日香村の南西部、阿部山に築かれた古墳。亀虎古墳とも書く。墳丘にある石室内に壁画が発見され高松塚古墳と共に保存事業が進められている。
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被葬者[編集]
誰が埋葬されているかは未だ判然としていない。年代などから、天武天皇の皇子、もしくは側近の高官の可能性が高いと見られている。また、金象眼が出土したことから、銀装の金具が出土した高松塚古墳の埋葬者よりも身分や地位の低い人物が埋葬されていると推測される。
白石太一郎は、被葬者は右大臣の阿倍御主人(あべのみうし)であったと推定し、その根拠として、古墳周辺の一帯が「阿部山」という名前の地名であることを挙げている。岸俊男などもその蓋然性が極めて高いと考え支持している。直木孝次郎も阿部御主人を第一に挙げ、皇族では弓削皇子も考えられるとした[2]。阿倍御主人は大宝3年(703年)4月右大臣従二位、69歳で没した(『続日本紀』『公卿補任』)。
または、京都橘大学の猪熊兼勝は、天武天皇の皇子の高市皇子という説を主張。
千田稔は、百済から渡来した百済王昌成(しょうじょう)を被葬者に挙げる。WiKIより
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