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きょうは【天神様が左遷された日】

2017.01.25.Wed.15:24
☆柳生さんのフェイスブックよりシェアしました。

2017年1月25日(水)
おはようございます。きょうもおすこやかに。

きょうは【天神様が左遷された日】
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▼「九州大宰府権帥(だざいふごんのそち)を命ず」という左遷命令が、菅原道真に発令されたのが、旧暦 延喜元(901)年の1月25日のこと。

菅原道真(845-903年)といえば、当代きっての天才学者で宇多天皇の信任を得て手腕を振るった政治家(右大臣)でした。
政治改革で藤原一族の既得権にメスを入れたため、政敵藤原時平にはめられ、濡れ衣を着せられて道真は弁明の機会も与えられず、妻子と別れ九州大宰府へと下りました。

道真は都を去るにあたって、歌を詠みました。

「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春をわするな」
現代語訳:主人(私)がいなくなっても、春が来るたび忘れること無く、梅の木よ、芳しい花を咲かせておくれ。

▼都にいた妻の死を大宰府で聞き、濡れ衣を晴らせないまま 、大宰府にきて2年後に、道真は失意のままその生涯を閉じました。

道真はしばしば太宰府近くにある「天拝山(てんぱいざん)」に身を清めて登り、自分の無罪と国家の安泰を天に祈ったとも言われ、この時に神様から「天満大自在天」の称号を得たとも言われています。
「天神様」の誕生ですね。

▼道真の死後、都では飢饉や火事、疫病が続き、権勢を欲しいままにしていた藤原一族も落雷や狂死で次々に変死を遂げていきます。

菅原道真は「最強の怨霊」として平安京の貴族達に恐れられます。

藤原時平の弟である「藤原忠平(ふじわらのただひら)」だけは、菅原道真に対して励ましの手紙を送ったりしていたので菅原道真からは祟られていません。
藤原忠平はこの後、摂政・関白となって藤原北家を支えていきます。

道真の子孫には、
平手政秀(織田信長重臣)、前田利家(加賀藩主)、柳生宗厳・宗矩・十兵衛(剣豪または大名)、大隈重信(早稲田大創立者)、菅直人(元首相)、松平定知(NHKアナ)など。

▼道真が好きだった庭の梅は、道真を慕い、はるばる大宰府まで 飛んできて根をおろしたと伝えられ、それの子孫が現在の「飛梅」だとか。
慕う人のもとに飛んでいく梅の話。
なんだか一途で素敵じゃないでしょうか?
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▼さだまさし「飛梅(とびうめ)」

♫~あなたがもしも 遠くへ行ってしまったら
私も一夜で飛んでいくと言った
忘れたのかい 飛梅

あの日と同じようにいま鳩が舞う
東風吹けば 東風(こち)吹かばきみは
どこかで思い起こしてくれるだろうか
大宰府は春 いずれにしても春~♪
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