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三門(みかど)を探して④

2017.01.20.Fri.11:10

飽馬神社へ行く途中

何か石碑の文化財があるので、車を停めて説明文を読んで、ビックリ!!
ナントナント、昨年から探していた三角(みかど)があったのだ。
ここだったのか!!
(三角は御門で、「多胡の碑」(日本三大古碑。上野国の片岡郡・緑野郡・甘良郡の三郡の中から三百戸を分けて新しい郡を作り、渡来人集団の開拓者の長・羊(ひつじ)に多胡郡を与えるという革命的に建郡碑!!)を精神的支柱とする渡来系多胡一族が安中市に移動・入植した際につけた字名。
安中市に二か所あるという三角の未発見の一つがここだったのか。本日はこれだけでも成果ありだ。)→次男が不登校になった時この先の廃校になった分校の支援教室に何か月か送迎していたので、何度も通った道だった。しかし、当時は仕事と次男の送迎で必死だったので、興味・関心の対象外だった。

s秋間神社2
江戸時代に村人の為に磯貝伊豆守という人が建てた橋の供養塔 県内最古とのこと
s橋供養塔01
s秋間神社11
s秋間神社3

※そもそも、橋供養塔とは
橋は川と川をはさんで村と村を繋ぐ大切なもの。
その橋が長く使えることは村人の生活にとって超重要。
しかも、作るのは、建設業者ではなく、村人自身。
この時代には、現在と違って、自分の村の土木工事は自分達でやるのが当たり前。
昔の人は、橋が他の世界との境界との考えもあり、村へ入る災難や疫病を防ぐ境としても大事な場所だつたので、大切にして、橋の供養塔を建てた。



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