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神話の里の飽馬神社②

2017.01.15.Sun.15:37
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県道122号下室田方面へ右折する。
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この坂を上がって、集落へ進む。
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集落をグロリと囲むように道路がある。
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「飽馬神社」の案内板等は一切なし。


点在する民家以外は、梅の木畑が続いている。
集落への道路を道なりに登っていって、ここで左折。
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するとそこに深い鎮守の森が・・・・
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その一帯に、何故か森厳とした空気が漂っていた。
幻の飽馬神社にやっと辿り着けたのだ。。
誰もいないし、誰も来ない。
神話の時代から 名前を変えずに集落の人によってのみ護られてきた飽馬神社。

そして、これからも神話の里の村人たちに護られて
ここに建ち続けるだろう。

また一つ、愛する郷里に秘められた古代の歴史を紐解けた悦びに包まれつつ、幻の飽馬神社を後にした。

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飽馬神社 鳥居
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飽馬神社 社額 
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飽馬神社 本殿
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飽馬神社は北向きの神社 そこから眺める梅畑と秋間丘陵
この景色を眺めながら
「もう馬に乗るのは 飽きた」と言えば、気分はヤマトタケル!!
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飽馬神社 由緒
 当社は、安中市西北の山間部に位置する東上秋間の鎮守で『上野国神名帳』従三位飽馬明神と記される古社である。鎮座の由来は、倭建命(日本武尊)御東征の時、この伊勢森に憩い御馬に飽かせ給いて、伊勢の大神を祀り「飽馬ノ神社」と称し鎮座した。『和名抄』にも「飽馬 安木末」とあり「秋間」の地名の起こりとされている。
 秋間にはかつて「秋間七騎」と呼ばれる武士団があり、『吾妻鏡』にも飽馬太郎の名も見え、武門の崇敬の厚い神社であった。
 南北朝時代には、「貞和正平の乱」によって一時社殿が衰廃したが、応永二年(一三九五)三月、真砂淡路守の尽力により再建された。この時、倭建命を合わせ祀り御偉功を顕彰した。その後、慶長年間には、井伊兵部少輔、永銭六貫の奉納があり、明治以降も倭建命に肖り、武運長久の祈願が大いになされ、社額に「源朝臣希典(乃木希典)書」が掲げられている。
 また、早くから復古神道が強く影響し、氏子の大部分が神葬祭にて祖霊祭祀を行う地域ある。
 尚、字平に鎮座していた鹿島神社は『上野国神名帳』従五位鹿島明神と記され、明治期に合祀されている。

                                咲前神社 HPより転写

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