FC2ブログ

かくれ里君ヵ畑⑦

2016.12.29.Thu.14:58

☆大皇器地祖神社本殿
Chr5SLkUoAAJi1254Ol.jpg

☆大皇器地祖神社由緒記
sookimi05.jpg
一 祭神 惟喬親王(第五十五代文徳天皇第一皇子)
当郷は惟喬親王の御領地(小椋ノ荘園)であって親王御入山遊ばされ、諸種の民業を振興され就中轆轤を用いて椀器製作の業を伝え給う。或いは、樫の木の実を叡覧ありて、椀器製作の術を感じ給うとも伝えられる。これは、我が国における椀器製作の根本であり、作る職人を木地師と言う。以後全国に木地師として栄え、現在に至りても、木地及び金属の挽物職人として重要な位置にある。
親王は或時、侍臣を召し集め「元慶三年(879)十一月九日を以て入寂の日と定め、たとえ余命あるとも、其の期日を以て縁日とせよ。」と仰せられるに仍って、侍臣藤原光長卿は都に上がり、謹んで旨を清和天皇(文徳帝第四皇子)に奏上、天皇は太皇大明神として守護すべき旨御諡号を賜り、翌年(880)四月三日に神殿の造営なり親王の御神霊が鎮祭される。これが当社の創始された所以である。
白雲山小野宮器地祖大明神と敬拝し奉る。今や諸国より産業の神として崇敬されている。
明治十五年十二月社号を大皇器地祖神社と御改諡になる。
同二十六年、内務所より当社保存金として、金壱百円也を下付される。 以上
スポンサーサイト



コメント

管理者にだけ表示を許可する