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法輪寺界隈①

2016.12.21.Wed.09:53
☆金浩さんのフェイスブックよりシェアしました。
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嘘みたいな本当の歴史話⑩
皆さん、前回お話しした松尾大社を南へ400mほど下ると「月読神社(正式名称は葛野坐月読神社:かどのにますつきよみじんじゃ)」が鎮座しております。また阪急嵐山線松尾大社駅の次、終点嵐山駅のすぐ近くには、櫟谷・宗像神社が鎮座しております。今日はこの2社についてのお話をしたいと思います。
さて、月読神社ですが元々はこの場所にあったのではなく川沿いにありましたが、度重なる川の氾濫によりこの場所に遷されたようです。創建は不明ですが、この神社は長崎県壱岐市(壱岐島)の月読神社が元宮であります。古代壱岐には、「壱岐県主(いきあがたぬし)」が治める王国があり、その壱岐県主が祀ったのが月読神社でした。また月読神社は日本の道教の元祖、つまり日本の神社の元祖でもあるんです。壱岐県主と言えば朝鮮半島南部にあった伽耶系の渡来人集団だと言われております。京都の月読神社は、秦氏一族が長崎の壱岐から勧誘した神社と思われ、松尾大社の神職努める秦氏一族が代々月読神社の神職を兼任していました。
さて、松尾大社の神職努める秦氏一族が代々神社の神職を兼任していたと言えば、櫟谷・宗像神社もそうなんです。場所は嵐山の名所、渡月橋のたもと、モンキーパークの入り口に鎮座しております。この神社の元宮は、福岡県宗像市にある宗像大社なんです。宗像大社と言えば新羅とのつながりが深く、国宝の新羅の指輪も出土した神社で新羅渡来人秦氏一族が祀った神社です。また宗像大社の近辺には「ハタ」と名の付く地名が沢山あり、秦氏の居住地であった事を物語っております。
古代渡来人達は、朝鮮半島南部から日本の対馬、壱岐、九州のルートで渡来しました。そしてその航海の安全を祈願して神様を祀りました。だからそのルートには歴史ある古い渡来人が祀った神社が多いんです。
さてさて、まだスペースがあるのでもう一話。
京都嵐山には素晴らしい眺めが見下ろせる法輪寺と言うお寺があります。ここは元々「葛井寺(かどのいでら)」と呼ばれていましたが、創建者が「嘘みたいな本当の歴史話⑧」でもご紹介した、百済渡来氏族の高僧「行基」なんです。またこのお寺も秦氏一族と関連が深いんです。西暦829年、秦氏出身の僧侶「秦道昌(はたどうしょう)」が師である空海の教えにより100日間修行をして、その後虚空蔵菩薩を彫り上げ葛井寺に安置しました。この時に葛井寺は法輪寺と名を改めたそうです。この秦道昌と言う僧侶、もっとすごい偉業を残しておりますが、それは後日ご紹介いたします。
余談ですが最後に、虚空蔵菩薩とは漆、工芸の守護仏として崇められておりました。その信仰を日本に広めたのも秦氏一族で、更に漆塗りの技術を日本に伝えたのも秦氏一族と言われております。
いかがでしたか今日の神社とお寺のお話。
信じるも信じないもあなた次第です。
まだまだ嵐山のお話は続きます。
では、また次回・・・

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法輪寺の門
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法輪寺本殿
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法輪寺仏舎利塔
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法輪寺由来書
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