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伏見稲荷大社

2016.12.02.Fri.14:25

嘘みたいな本当の歴史話⑦
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皆さん、京都の中でもとかく中国、韓国の観光客に人気なのが伏見稲荷大社ですね。朱塗りの鳥居や社が多くあり、朱は縁起が良いとの事で人気があるそうです。今日はこの伏見稲荷大社のお話をしようと思います。

伏見稲荷大社は西暦711年に創建されたとされております。全国3万社ある稲荷神社の総本社であり、祭神は現在5柱(5人の神様)を祀っておりますが、元々稲荷山の三峯をご神体として「宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)」を中央の下社、「佐田彦大神(さたひこのおおかみ)」を北の中社、「大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)」を南の上社に祀った事が始まりとされております。創建者は新羅渡来氏族「秦氏(秦一族)」の「秦伊呂巨(はたのいろこ)」であります。「秦伊呂巨」は他の伝承記には「秦伊呂具(はたのいろぐ)」とも書かれております。

さて、ここの祭神はもちろん新羅系の渡来神であります。「宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)」は新羅神素戔嗚尊の息子であり、「宇迦」とは食物と穀物の事を言い、食べ物の神様として崇められております。「佐田彦大神(さたひこのおおかみ)」は別名「猿田彦命(さるたひこのみこと)」で前回お話しした韓神なんです。猿田彦の「猿」は動物の事を言うのではなく、韓国朝鮮語の「米」である「쌀(サル)」を意味するものと言われております。つまり「猿田彦」は「米田彦」で農耕の神様だったんですね。さらに「大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)」は別名「天細女命(あめのうずめのみこと)」と言い、「猿田彦命」の妻でありました。「稲荷」とは「稲がなる」と言う意味でも、この「伏見稲荷大社」は元々新羅の農耕の神として崇められていた事がわかります。

さて、稲荷神社と言えば狛犬の代わりに対のお狐様がいますね。伏見稲荷大社の狐様、夏の風物詩の語源になっている事はあまり知られておりません。
その昔江戸時代に江戸の花火師が都見物のため京都を訪れました。その花火師は自分の屋号をまだ決めておりませんでした。花火師は伏見稲荷大社にお参りに来た時に、ふと左手にあるお狐様が目に留まりました。その狐は鍵をくわえており、それを見た花火師は「これだ!!」と思いました。花火師は早速江戸に帰って自分の屋号を「鍵屋」にしました。打ち上げ花火をあげる時の掛け声「かぎや~~~!!」は屋号であり、発祥が伏見稲荷のお狐様がくわえていた鍵だったんですね。

さらに数年後、鍵屋からのれん分けしてもらった別の江戸の花火師が、都見物のため京都を訪れました。その花火師も自分の屋号をまだ決めておりませんでした。花火師は伏見稲荷大社にお参りに来た時に、ふと右手にあるお狐様が目に留まりました。その狐は玉をくわえており、それをみた花火師は「これだ!!」と思いました。花火師は早速江戸に帰って屋号を「玉屋」にしました。打ち上げ花火をあげる時の掛け声「たまや~~~!!」は屋号であり、発祥が伏見稲荷のお狐様がくわえていた玉だったんですね。
江戸の打ち上げ花火の掛け声が、思わぬところで渡来人とつながりましたね。

ここには他にもいくつか渡来人の伝承がありますが、マニアックすぎて難しく、長くなるので割愛させていただきました。
おいおい、お話ししようかと思います。

今日の伏見稲荷大社のお話、いかがでしたか?
信じるも信じないもあなた次第です。
ではまた次回・・・
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