FC2ブログ

安曇族関係地②

2016.10.18.Tue.15:51
★志賀海神社の中津宮(勝馬宮)
    (志賀島)
志賀島北端(勝間地区)の海にある沖津宮、そこから南の内陸部に中津宮、さらに南に表津見があった。
2世紀~4世紀に表津宮(底津綿津見神)が現在の勝山に遷座、あわせて仲津綿津見神、表津綿津見神が奉祀されたと伝えられる。
勝つ馬の中津宮近くに7世紀頃築造の中津宮古墳がある。
111kijghgdfrtdg.jpg

★金印発光地と「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」の金印
     (福岡市東区志賀島)
江戸時代の天明4年(1784年)、志賀島の南端「叶崎」で出土。
発見したのは地元の農民。
建武中元2年(57年)、後漢の光武帝より奴国王に授けられた金印とされる。
出土地付近は、「金印発光地」として、公園となっている。
現在、金印は福岡市博物館に保管・展示されている。
2222ugbtvccdt.jpg

★宗形神社
    (米子市)
宗像三女神を祀る式内社。
創建年代は不詳だが、北九州より宗像氏族が、祖先神の宗像三女神を奉じて九州からこの地に来て、斉祀したのが起源と伝えられている。
周辺には宗像古墳群がある。
加茂川流域にあり、住古はこの辺は入海であったと伝えられる。
3333kloigytcrcd.jpg

★阿陀萱(あだかや)神社
   (米子市)
大国主命と八上姫の娘阿陀加夜奴志多岐喜比売命が因幡に向かう途中、この地の榎の木に指を挟み抜けなくなって、この地で子どもを産んだことから安産の神として、祀られた神社。
隼人系の阿多族との関連を想起させる。
米子市の加茂川流域は宗像・住吉・阿多・安曇が同居している感がある。
s4444yvrxtrf.jpg
スポンサーサイト



コメント

管理者にだけ表示を許可する