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三角(みかど)を探して①

2016.08.19.Fri.16:23
「群馬県 謎解き散歩」を読んでいたら
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p183
奈良・平安時代には秋間丘陵に県内有数の窯業がつくられ、瓦・須恵器を上野国(かみつけのくに)の諸施設造営のために大量に供給していた。
だが、国府・国分寺跡出土瓦には生産地が記されている例が多いが、この窯場で生産された瓦には、なぜか一切表記がない。
国府直営の窯場だったことによるものであろうか。
窯場の中心地区には「三角(みかど)」の地名が二カ所に残されているが、地域には多胡(たご)姓が多く、「多胡碑」と称する碑まである。
高崎市吉井町の多胡碑建立の地が「御門(みかど)」であることも示唆深い。
窯業つながりだろうか。
(大工原 豊)

羊太夫伝説を書いたころから、いつかいつか行ってみようと思っていた。
下秋間の多胡集落。
古代の窯場だった三角(みかど)。
多胡碑のある場所も「御門(みかど)」という。
御門・・つまり「天皇のいる場所」だったのだ。
大和朝廷によって、討たれる前までは・・・

自宅から15分もかからないのに
何故か遠い場所だった。

近くて遠い三角(みかど)にときめいた。

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多胡碑発見かと思ったら、「多胡庄吉翁の碑」とあった。
地域の発展に貢献した人物だろうか?
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里山がそのまま墓地になっている。、
丁寧に手入れされていて、気持ちの良い空間になっていた。
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手入れされた田園の向こうに「三角(みかど)」と呼ばれる地域を発見した。
美しい風景。
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車を止めて集落の周りを歩いた。
公民館はなかった。
「多胡さん」という家もあまり確認できなかった。

こんどの日曜日にもう一か所の三角(みかど)を見つけてみよう。
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