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佐賀県有田町「陶山神社」②

2016.05.18.Wed.09:50
当時の有田町では、有田焼300年祭をお祝いして「陶祖李参平之碑」建立が計画されました。建設期間は2年に及ぶ一大プロジェクトであったと言われております。当時この建立計画が持ち上がった時、「日本の神様を祀った陶山神社(当時祭神は応神天皇)を見下ろす場所に、朝鮮人を記念して碑を建てるとは何事だ」と、有田町を二分する程の反対があったそうです。そう、時代は日本が朝鮮を植民地化したいわゆる「日韓併合」の真っただ中で、除幕式があった大正6年は、西暦で1917年だったんです。建設が始まったのが1915年、建立計画はそれ以前のお話。植民地化直後だったんです。
しかしながら、有田焼が300年もの間焼物産業を続けてこられたのは先人たちのおかげだと、深川六助が反対派を一人一人説得して回ったそうです。ちなみにこの深川六助は、有田生れで初代文部大臣森有礼の書生であり、森有礼暗殺後は有田に戻り有田焼に貢献した人物であります。現在の有田陶器市の形態は、この深川六助の考案だと言われております。この深川六助の働きにより、大隈重信(第8、17代総理大臣)が名誉総裁となり、碑は2年間かけて建設され、大正6年5月4日、雨の中200名もの人が山に登り、金ヶ江義平(12代李参平)により除幕されました。それ以来、毎年5月4日には「陶祖祭」が開催されるようになりました。
現在では韓国からの来賓も多く参列する様になり、「陶祖李参平之碑」までの坂道には韓国の国花「ムクゲ」が植えられており、碑は有田の町を一望しながら有田町を見守ってくれております。ちなみに境内にJR佐世保線の線路が横断している由来は、「陶祖李参平之碑」を建設するにあたって、資材運搬のために線路を引き込んだ名残だと言われております。


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