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高麗神社(こまじんじゃ)散策①

2016.02.01.Mon.11:54

皆さん、今回は埼玉県の高句麗渡来人のお話をしたいと思います。

埼玉県日高市には、「高麗神社(こまじんじゃ)」が鎮座しております。この神社の神様は「高麗王若光(こまおうじゃっこう)」といいますが、実は実在した人物なんです。では、どんな人物だったのでしょう?

高麗王若光は高句麗使節として来日しますが、滞在中に高句麗が滅亡してしまい、そのまま日本に住む事となり、神奈川県の大磯に上陸して開拓をします。
そこで大磯の山を高麗山(高麗山)として「高麗権現社」を祀ります。
大磯高麗山の夕暮れ
神奈川県中郡大磯町高麗 高麗山
これが後に「高麗神社」となり現在の「高来神社(たかくじんじゃ)」になります。
250px-Torii_of_Takaku_Shrine_in_2002.jpg
その後神奈川県高座郡(たかくらぐん)に移り開拓をしていきます。高座は元々「高句麗」であり、地名が高句麗 → たかくり → 太加久良(たかくら) → 高倉(たかくら)→ 高座(たかくら)に転訛した地名です。

西暦716年、朝廷の命により静岡、山梨、神奈川、東京、千葉、栃木、茨木等に分散して居住していた1799人の高句麗渡来人を、未開の地である埼玉県中南部(日高市、飯能市北東部)に移住をさせて、「武蔵國高麗郡(むさしのくにこまのこおり)」を新設します。この時、郡司(首長)として赴任したのが、高麗王若光なんです。

この地に移住した高句麗渡来人は、様々な技術を持っており、馬の技術、須恵器、瓦、織物、紙漉き、製鉄技術の手腕を発揮し、近隣に多くの影響を与えたと言われております。
imagesgy巾着田空から
上空からの巾着田
彼岸花咲く巾着田
巾着田は彼岸花の名所
現在日高市の観光名所となっている、「巾着田(きんちゃくだ:川が蛇行し巾着の様な形をした台地)」は、高句麗渡来人が開墾した田畑と言われております。また、百済渡来僧侶「行基」が多摩地方のお寺に仏像を建立する時に、物資が無く困っていたのを助けたのは高麗王若光であり、新羅渡来人「多胡羊太夫」が秩父の地で銅を産出する様に助言したのも高麗王若光と言う伝説があります。

現在は高麗郡と言う地名は消滅してしまいましたが、日高市の中に「高麗本郷(こまほんごう)と言う地名と、「高麗川(こまがわ)」と言う河川名が残っております。
images高麗川遊び
夏は川遊びの名所 高麗川
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