FC2ブログ

白木神社について

2016.01.19.Tue.13:40
12004801_10206920970134783_5766992273684224182_n.jpg

皆さん、九州北部には4県にまたがる有明海があります。広大な干潟、そして海苔の一大産地、ムツゴロウなどでも有名ですね。諫早湾干拓で問題になっている水門もこの有明海の一部なんです。そんな有明海は、古代より渡来人の往来が盛んに行われてきました。その中でも今日は、熊本県有明海沿岸のお話をしたいと思います。

熊本県北部の有明海沿岸に玉名郡玉東町と言う所があります。そこに小さいながらも立派な楼門がある歴史深い神社があります。社名は「山北八幡宮」と言います。由来については諸説ありますが、和銅2年(西暦702年)創建で、由緒正しき神社なんです。

実はこの神社、一説には古墳の上にあり楼門から拝殿までの敷石は、古墳の石を使っていると言われております。また一の鳥居から楼門までの間の参道には、小さな古墳があり、これは素戔嗚尊(すさのおのみこと)の古墳だと言われておりました。素戔嗚尊は牛頭天王(ごずてんのう)とも言われ、言わずと知れた日本神話のヤマタノオロチに出てくる、新羅から来た伝説の人物ですね。

さて、これだけでも十分渡来人の匂いがしますが、実はこの神社、元々「白木神社・白木宮・白木八幡宮」と呼ばれておりました。また地名も昔は白木村(現在は上白木と白木に分割)と呼ばれており、近くには白木川、神社の裏山も「白木山」と言います。また神社前には牛頭山川、牛頭田等があり、これらの地名の由来は「新羅」と「素戔嗚尊」から来ているのではないかと言われております。つまり、この白木の地一帯は新羅渡来人が治めていたと言う事ですね。

それを物語る様な証拠も、この近くにありました。この山北八幡宮から3km程北には「熊野座神社」が鎮座しておりますが、そこは元々稲佐寺と呼ばれており現在も境内に廃寺跡があります。実はそこから新羅様式の瓦等が出土しているんです。つまり稲佐寺は新羅形式のお寺だったのではないかと言われております。またこの神社の祭神は素戔嗚尊を祀っており、これらを総合すると、この玉名郡玉東町にはその昔、新羅渡来人が治めていたと言う事がわかりますね。

実は福岡県から始まり熊本県そして鹿児島県にわたり白木と言う地名や神社が数多くあり、新羅渡来人の痕跡がありました。また高句麗の渡来人、伽耶の渡来人、そして百済の渡来人の痕跡も数多く残っております。友人の創建はこう言った幾重にも重なった渡来人の痕跡や歴史を、「歴史のミルフィーユ」と言っておりました。まさに、この九州の渡来人の痕跡は、「歴史のミルフィーユ」ですね。自分は長崎県民らしく「歴史のトルコライス」と呼びたい気分です。まだまだ未発見、未発掘の古墳があるので、もう「歴史のちゃんぽん・皿うどん」と言った方があてはまるかな?でも、それらが解明できればもっと面白いでしょうね。

皆様のお近くにもきっと、こう言った新羅にまつわる神社や地名があると思うので、調べてみたり散策してみたりすると楽しいですよ。
今日の語源話、いかがでしたか?
熊本と言えば馬刺し。馬刺し、桜ユッケ、桜レバ刺し、桜肉の焼肉を肴に、芋焼酎をあおり、〆に山鹿の馬刺重でもいただきたいですね。


12036455_10206920972134833_238426426946713573_n.jpg
古墳の石を使ったと言われる参道
12002218_10206920973854876_2084548315913842052_n.jpg
かつては素戔嗚尊(すさのおのみこと:日本神話の新羅人)の古墳と言われておりました。
スポンサーサイト



コメント

管理者にだけ表示を許可する