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鶴見の東漸寺へ

2016.01.15.Fri.11:03
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李創建さんは金浩さんと一緒です ― 場所: 鶴見駅
2015年12月16日 7:43 ·
267.続・これ結構知られていない日本と朝鮮の歴史
【鶴見に金浩とプチ散策】
たまたま仕事で来たキンホと、朝5時に出発して鶴見の『東漸寺:とうざんじ』へ行きました。朝6時に門を叩いて入場です。真実を確かめる為の早朝散策です。
(☆Д☆)キラリーン♪
さて、ここには『大川常吉』警察署長さんのお墓と、石碑が立っています。今から92年前の1923年に関東大震災がありました。皆さんもご存知のようにこの時「朝鮮人が井戸に毒をまいた」「朝鮮人が火をつけた」「朝鮮人が暴れ暴動化している」という、ありもしない悪いデマが流され、虐殺されました。しかし、この時、鶴見警察署長を務めていた大川さんは、デマで逃げる朝鮮人をかくまうのです。
大震災から次の日、自警団が、4人の朝鮮人と井戸水の入ったビンを出し「こいつらが毒を井戸に入れた」と言うと、大川警察署長は「それなら諸君らの前で飲んで見せよう」と飲み、納得させ帰らせました。次の日はさらに緊迫状態になります。署長は多数の朝鮮人を鶴見署に保護します。そこへ約千人の群衆が鶴見警察署を囲み「朝鮮人を出せ!殺せ!」と暴動のようになりました。
この時、大川署長は「君らがそれほどいうことを聞かないなら是非もない。朝鮮人を殺す前にまず、この大川を殺せ!われわれ署員の腕の続く限りは、一人だって君たちの手に渡さない!」と一喝します。しかし暴動は治らず「もし朝鮮人が署から逃げたらどうする!」という問いに、署長は「その時は切腹して詫びる」と言い聞かせ、群衆は帰っていきました。
大川警察署長はこうして、朝鮮人220人、中国人70人、約300人の人を助けたのでした。現在、東漸寺には社会科見学の一環として地域の児童、生徒が訪れ、총련総聯の前身である『민전民戦:ミンジョン』時代に作られた石碑と、お墓を見学して行くそうです。
(o^-')b

※大変、残念なことだけど、日本人の大半はこの事件を知らないのではないでしょうか。

そこで当ブログは古代史ブログなのですが、どうしてもこの記事だけは、転写しなくてはと思いました。
このような残酷な事件を二度と起こさない為にも私達は真実を知らなくてはなりません。
そして歴史から学ばなくてはなりません。
学んだら、そこから教訓を引き出して、二度と同じ過ちを繰り返さないように工夫して後世に伝えなければなりません。

この国の支配者達は、また同じことをやろうとしています。

中国が
北朝鮮が
ISのテロが
といって脅威をあおります。
騙されないように気をつけましょう。


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