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高取焼宗家八山窯

2018.10.23.Tue.14:45

8月26日
今日は大分と福岡へ歴史散策に行ってきました。
以前も何度か足を運んだ、遠州七つ窯(徳川家康の茶の師、小堀遠州の影響を受けた七つの窯元)の一つ、高取焼宗家八山窯にお邪魔しました。

八山窯は壬辰倭乱(朝鮮出兵:文禄慶長の役)により朝鮮(李氏朝鮮)から連れてこられた朝鮮人で、李氏朝鮮で陶工を管理する役人であった、「八山(朝鮮名不明)」が陶祖の窯元です。筑前黒田藩(福岡藩)の御用窯(藩窯)として明治四年まで窯の火は受け継がれましたが、高取焼十代富基の代に、廃藩置県を発端に廃窯になります。しかし、十一代の孫娘、「静(しず)」が後に再興させ静は「十一代高取静山(せいざん)」を名乗ります。現在は陶祖八山の末裔で、十三代高取八山さんと、その奥様高取七絵さん、そしてその息子さんである高取春慶さんの三人で、この高取焼の窯の火を守っておられます。

この高取焼宗家、作陶も昔ながらの技法にこだわり、作陶に使う藁灰を自らの田んぼで稲を育てその藁で藁灰を作ったり、自然の土から釉薬を作ったり、土も唐臼(からうす)と言う水の力を使った臼で土を粉にして粘土を作っております。また多くの窯元がガス窯や電気窯を使う中、ここでは薪をつかった登り窯で焼成させております。

しかし、数年前の九州大水害、そして昨年の福岡県朝倉地区を襲った大水害、そして今年の西日本大水害で大打撃を受け、窯は土砂に埋まり、唐臼の木材は水害で折れてしまい流され、田んぼも一部崩れてしまい、敷地の至る所が土砂崩れと濁流により大打撃を受けました。

まだ復興のさなか、十三代目高取八山さんと奥様の高取七絵さんが丁寧に敷地内のいろんな場所を案内してくれました。完全復興にはまだ時間はかかりますが、それでも作陶はやめず今も作品作りのためにろくろを回し続けております。一日も早い完全復興を祈るばかりです。

今日は沢山走った~~~!!
走行距離685km!!
今宵は購入した十三代目高取八山さん作のぐい飲みで、フローズンマッコリをあおりながら高取焼に思いを馳せ、晩酌を楽しみたいと思います。
まいう~~~!!



高取焼宗家八山窯
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十三代目高取八山作、ぐい飲み
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初代高取焼陶祖、八山(左)とその妻志らと(右)の墓
夫婦共に朝鮮名は不明です。
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高取焼十一代目高取静山(右)と、十二代目高取八山(左)の墓
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土砂に埋もれてしまった地下式窯。
土砂は取り除かれましたが、窯の周りと中のほとんどが土砂で埋もれてしまいました。
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敷地を流れる小川。
護岸が崩れたので土嚢で補強しておりましたが、今年の豪雨で流されてしまい、現在は石で補強しております。
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半分に折れた唐臼の木材。
水の力で突き出た所が下の円の中を突いて、土を粉にします。
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本当の唐臼の姿。
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新たに製作した小型窯
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高取焼宗家の登り窯
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