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平安京の羅城門③

2015.04.30.Thu.20:51
蓮華門から羅城門を目指す。

平安京
見わたせば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける~都だった平安京「古今和歌集」より

桓武天皇は奈良の寺院勢力を抑える為に、平安京への寺院の移転を認めなかった。
よって、平安京内に唯一建立が認められたのが、平安京の鎮護寺院である東寺と西寺であった。

都の南側には巨大な羅城門がそびえ立ち、東寺西寺が建てられ、平安京の表玄関を飾っていた。
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羅城門の鬼伝説
「羅生門」の鬼は、平安京の正門・羅城門に巣食っていたといわれる鬼
平安時代の謡曲『羅生門』などに登場する。
羅城門ss
羅城門 異形の毘沙門天
国宝「兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)立像」
羅生門の上には、平安京の守護神として、この兜跋毘沙門天が安置されていた。
兜跋毘沙門天は、平安京の繁栄も衰退も荒廃も、この二階から見ていたことになる。
「東寺の謎」三浦俊良 祥伝社黄金文庫より
~かなり怖いお顔です。
※現在は、東寺宝物館に安置されている。
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現在の羅城門跡
小さな公園の中にポツンと

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空海体感②

2015.04.30.Thu.14:03
御影堂入り口
生身供(しょうじんく)というお大使様へのお食事儀式の後
全員でお経を唱える。
実はお経ではなく「弘法大師和讃」という空海さんの一生を七五調で謳ったものだそうだ。
その和讃が終わると、みんな一列に横並びになって、何かを待っていた。
何が始まるのだろう・・・・
暫くすると、お坊様が、太い竹の結界に並んだ信者一人ずつの頭と手に「仏舎利」の入った錦の袋を当てる。
ちょっと恥ずかしいけど、私も並んだ。
錦の袋を当ててもらった。
これが「お舎利もろてきなはれ」なのだと納得した。
1200年の時空を超えて、空海さんからジィ~ンとパワーをもらったようだ。
さぁ、歩くぞ~!

信者さん達の靴がズラ~リ並んだ御影堂
朝のお勤めが終わると
「ほなね」と言って、各自の家に帰る京町衆
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伝説の蓮華門 
「身は高野 心は東寺におさめおく」
空海が東寺を去り、高野山へ行く時、壬生通りの蓮華門の前で、
みな、別れを惜しみ涙した。
その涙から蓮花が咲いたので、蓮花門と呼ばれているそうだ。
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蓮華門アップ
この蓮華門から、空海さんと違って、私は羅城門を目指した。
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空海の幼名は、佐伯真魚(まお)
超ポップな名前だった。
宝亀5年(774)讃岐国(香川県)多度郡屏風ヶ浦で生まれた。
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朝の東寺で空海体感①

2015.04.30.Thu.13:18
朝の東寺に生きていた空海の心
京都駅近くのホテルに泊まった。
朝5時に、ムックと起きた。
連れは爆睡中。
「そうだ。朝の東寺周辺を歩いてみよう」
自称空海ファンとしては、「羅城門」「西寺跡」は、
どうしても一度は訪ねてみたい場所だ。
まず、ホテルから東寺を目指す。
堀川通りを歩いて 伏見稲荷御旅所を右折すると東寺に着いた。

朝日を浴びる東門
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黒い五重の塔も朝日を浴びていた
まるで空海そのもののような孤高さ崇高さで
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憩いの場
四方八方から、ボツボツと京町衆が集まってくる。
広い境内で、散歩する人
体操する人
朝の東寺は、京町衆の憩いの場
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そして、あるフレーズが放送された。
一気に空気が変わる。
いいメロディーだ。
密教の音楽だろうか?
ゆったりした哀愁のあるメロデイー
しかも、ワン・フレーズ

御影堂(みえいどう)へ
(御影堂は空海が10年間修業した場所)
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すると京町衆は、ゾロゾロと御影堂に入って行った。
近くにいる老婆に訊いてみた。
「何があるのですか?」
「お舎利もろてきなはれ 元気になるよって」
よく意味が分からないけど、ようするに入っていいらしい。
つられて一緒に、入ってしまう。

365日毎朝 行われる朝6時から約1時間の勤行
誰でも、お経をあげることができる。
信者さんから私のような旅人も区別しないで、受け入れてくれる。
「普(あまね)く照らされている」そんな感じだ。
ジーンと感動した。
ありがたいことだ。
嗚呼 空海体感

マイ京都慕情

2015.04.24.Fri.09:47
★みうらじゅんさんの極私的ガイドブック
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★西寺跡発掘現場での出来事
~おじいちゃんが、立ち入り禁止の縄を平気でくぐり、さも発掘隊の仲間のような顔をして出土する瓦を触っていた
「じゅんちゃん これ持って帰り」
手渡されてた古瓦は、出土したどれよりも立派でボクをドキドキさせたが、おじいちゃんは
「一枚くらいかまへん!」と優しく笑って、手についた土を払いながら平然と出ていった
ボクはますます、そんなおじいちゃんの大ファンになった~
※いい爺さん♪

★やっとやっとたどり着けた「蚕ノ社(かいこのやしろ)」
女友達に誘われて京都
嵐電に乗って嵯峨野に行く時「蚕ノ社」の駅で一人降りたかった
嵯峨野散策よりも「蚕ノ社」の方が、何倍も魅力的だった
何度か「蚕ノ社」を通り過ぎ
ついに、一人で「蚕ノ社」に降り立った時
自分のトキメキを大切にしようと決めた
残り少ない人生だもん
歩きたい道を歩こうヽ(^。^)ノ
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★蚕ノ社正式名称は、木島坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)
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★ここが、オレの一番好きな場所かも
※私もそうなんです
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~閑静な住宅街の中にポツリとある森の鎮守。人通りはあまりなく風が吹くとバサバサと森が揺れる~

おかって市場

2015.04.16.Thu.12:48
★おかって市場
富岡市役所隣り
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★落ち着いた店内 
よく買い物をする
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★古いレンガ造りの倉庫
友人が
「あら、富岡製紙だわ」といった
勘違いする人多し(笑)

おかって市場 地図

富岡市合同庁舎の中の古墳

2015.04.16.Thu.12:03
★富岡市合同庁舎の中に古墳

★一宮古墳群の中の「一ノ宮4号古墳」~「埼群古墳館」より転写
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★平日しか見れないのが残念
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★合同庁舎から見える堂山稲荷(どうやまいなり)古墳 
上信電鉄の線路沿い
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★太子堂古墳
古墳の頂に芭蕉の句碑がある
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七日市藩陣屋跡と蛇宮(じゃぐう)神社②

2015.04.16.Thu.11:32
★蛇宮(じゃぐう)神社
4月15日は春の例大祭だった
露店商が出ていて、いつもと雰囲気が違っていた
養蚕農家にとって、鼠は、蚕や繭を食べてしまう困った動物なので、鼠を食べる蛇は「養蚕の神様」だった

★本殿
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★本殿の裏に古墳「七日市古墳群」の一つで「七日市9号墳」
他にも注意してみると境内に古墳の跡がある
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★古墳石室に社
初めて一人でこの神社にまぎれこんだ時は、怖かった
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★蛇宮神社からかぶらの里を望む
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七日市藩陣屋跡と蛇宮(じゃぐう)神社①

2015.04.16.Thu.11:08
★富岡高校の敷地内に七日市藩陣屋跡がある
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★見事な石垣
奥の森が蛇宮神社
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★七日市藩の黒門 
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★七日市藩陣屋正殿
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★大名庭園の雰囲気が保たれている
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多胡の里

2015.04.11.Sat.14:42
★多胡の里
あれは10年前
Tさんが←ちょっとオカマチックなおじさん
「教育委員会から頼まれてトーサンドーの測量をしたのよ」
当時の私にはトーサンドー=倒産道と聞こえていた。
「トーサンドーってなんですか?」
「あら、知らないのフフフ奈良時代の官道よ」
「エッエー 奈良時代に官道があったの すっご~い」
「ちゃんと縁もあって、立派なものよ 古代の人は偉かったの」
「そしたらね 地元のお年寄りが私だけに特別に教えてくれたのよ オヒツジサマを」
「オヒツジサマってなんですか?」
「羊太夫伝承 知らないでしょう?集落の人に信仰されている羊神社があったのよ フフフ」
ヒミツ・ヒミツ・誰にも教えないもんと言って去って行った。
東山道も
羊太夫伝承も
知らない。
でも、行ってみたい。
羊神社
そして、まず多胡の碑に行き、何度も吉井方面を散策し、文献も買った&読んだ。
すっかり、羊太夫伝承の虜になっていた。
オカマチックなTさんに電話して、お願いして羊神社の鎮座地を教えていただこうとした。
が、同じく測量系の仕事をしている義弟Hから有力情報をゲットして、
遂に羊神社に行き着けたヽ(^。^)ノ
当時は、もっと鬱蒼した竹林の中にあって、怖いような不気味な雰囲気だった。
集落の人々の素朴な信仰のみに支えられこの場所に鎮座し続けた小さな神社に感動。
今年は「羊年」ということもあり、テレビにも出て、随分、明るい雰囲気になってしまった。
でも、私の一番好きな神社だ。
P遠景
★羊神社 表参道石碑
入り口羊
★羊神社
羊神社
★竹林
車の方は、久保集会所に駐車場があります
P羊神社・横
※羊太夫伝承について、まだの方はカテゴリ「羊太夫伝承」を是非お読みください。

湧水の湧く曾木神社

2015.04.10.Fri.09:50
★曾木神社
曾木神社マップ

★本多亀三著「群馬県北甘楽郡史」より
「大字曾木にあり。老樹鬱蒼晝(ひる)尚暗く、いと神々しき神域なり。社の東なる低き地に、極めて清き泉湧き出る。之を神池という。和名抄なる郷名に、宗伎とあるのは、このあたりなり。」
とある曾木神社は、今でもあるのだろうか?
桜が満開の日に、小舟神社の写真を撮りに富岡市へ
そこで、出会った老人は、ナント!小舟神社の鳥居を造った方だった
その老人から小舟神社に関する話が聞けて大収穫
やはり地元の人と話すことは重要
これから、曾木神社に行くというと道順を教えてくれた
ありがたい 感謝
おかげで迷わずに着いた

曾木神社では、ちょうど、集落の人たちが、神社の大木の剪定中だった
曾木神社 手入れ風景
★湧水に感動 
亀三さんの著作にあるように、今でも湧水池があることに驚いた
水もきれいで、鯉がたくさんいた
曾木神社湧水
★曽木という地名にいつも不思議な魅力を感じている
曽木という地名・曾木神社の歴史を知りたい
曾木の湧水池