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丹生の里②原を歩く

2015.03.31.Tue.14:01
★原の里へ

丹生(にゅう)の里の次回どこを散策しようか、富岡市の地図をみているうちに、不思議な名前の神社を見つけた。
丹来神社
地元の人何人かに ~なんてよむのでしょうか?~と聞いたけれど
「?」誰も知らない。
しかし、丹生マニアとしては、例え一字でも「丹」の字があると、追跡したてみたくなる。
「郵便局のところを曲がって道なりにいけば、すぐさ。いってみな」
ウォーキング友を乗せて、教えてもらった道をいってみた。
※原の里へ行く途中の八幡宮

★原の里
大桁山(おおげたやま)の中腹に、小さな集落があった。
空気が澄んで
空が近かった。
山と空に抱かれたような小さな集落 原の里
「知らなかった いい里だねぇ 寿命が一年のびたわ」
ウォーキング友も感動
※集落中央の高い杉の木あたりが、神社だった。
P原
★古柳観音(こやなぎかんのん)
道幅が狭いので、古柳観音に車を停めて、2人して歩いた。
村の至る所にある石垣が実に素敵だった。
(残念ながら、石垣の写真を撮り忘れたm(__)m)
Pこやなぎ観音800
★丹来宇神社(たろうじんじゃ)だっ。た
富岡市の地図には「丹来神社」としかなかったが、正確には、丹来宇神社(たろうじんじゃ)だった
「大字下丹生村字山口にあり、大桁山の中腹にて老樹鬱蒼(うっそう)たる裡渓流その側を流れ境内頗(すこぶ)る幽邃(ゆうすい)なり」群馬県北甘楽郡史 本多亀三著より
まさに、その通りで、亀三さんの適格な描写力にも感動
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★丹来宇神社の御神宝
同じく「群馬県北甘楽郡史」によると
丹来宇神社の御神宝は、「先史時代の石棒なるが如し」
古代人のおおからな信仰と水と空気のきれいな里に大満足して帰路に着いた。

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①丹生の里を歩く

2015.03.30.Mon.16:17
★丹生川
古代史に興味がない頃、丹生(にゅう)をなんて田舎っぽい地名だろう・・・などと思っていた
ところが、白洲正子の「かくれ里」丹生都比売神社を読んで、なぜか、突然、丹生にトキメクようになった
~いうまでもなく、丹は朱砂とか辰砂を意味し、その鉱脈のある所に「丹生」の名称がある。
朱砂は煮つめると水銀になり、水銀をまた煮ると朱砂に還元するという、不思議な性質を持っているが、不老長寿の薬とされていたのも、そういう所から出た思想だったのかも知れぬ~
~松田寿男氏の研究によると、丹生神社は全国に138カ所もあるそうで、半分以上が和歌山県に集中していると聞く
遠敷・入・丹保・仁宇・荷尾・玉生・船生など みな丹生の転化である~
地図を見ると、福井・志賀・和歌山・奈良・・・に、丹生のつく神社・川・山・地名が多い
この群馬にも丹生のつく地域があったのかと感動した
そして、それはどこも渡来人(白洲正子に言わせると「丹生族」)が古代に入植した地域のような気がする

★岡部温故館
学芸員さんが親切に案内してくださった。
江戸時代、麻と砥石で財をなした豪商岡部家ゆかりの家宝を展示
砥石は南牧村の砥沢より産出したとのこと
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★蔵の中に展示が三か所もある
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★丹生湖
「真金ふく丹生のまほその色に出でてつれなくのみぞ我が戀ふらくは」~万葉集東国歌より
などと、口ずさみつつ、歩くのもよいかも・・・
グルリと一周できるウォーキングコースになっている
30~40分あれば周れる
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★上丹生神社
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※山・川・お城・神社にもすべてに丹生がついている
トキメイて歩ける
素晴らしい丹生の里ヽ(^。^)ノ

⑤宇芸の里 文献を歩く

2015.03.23.Mon.11:40
★本田亀三著 群馬県北甘楽郡史

★保存会の人が教えてくれた文献
→県立図書館にあったヽ(^o^)丿
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★宇芸神社
~本社の創立は詳ならずといへども延喜式上野十二社の一にして式に、甘楽郡二座大一座・小一座とあり。
大は貫前神社なることいふまでもなし。
小は即ちこの宇芸社にして、上野国神明帳に従一位宇芸大明神と載せられ、又神名帳考證には宗技明神あり。~
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★山吹日記  日下部高秀の紀行文・・・・江戸時代
~5日。
つちのえさる。
けふは曇りたり。
立ならふ家に軒のあやめふきわたしたり。
うまにもなるらむ。
きのふの道をたかへて、南の方にめくりて畠中の道をゆく。
左の方はおちの山々つらなれるに、しもを見れば山川のなかれ水もとゝろにいとおかし。
廿日町余りを過れは宮城ときこゆ。
小山の見ゆるは、ふりにし城の跡なりといへとも、誰人なりけるやか今はさたかならすといへり。
古戦場に宮崎和泉守といへる人あり、その城なりけるにやあらむ。
又十余町を行は神成といふ。
この村の中沢てふ所の北のかたなる小山のふもとに宇芸明神のやしろあり。
是も延喜式に載られたる御神なれと、今は宮ゐいとちひさし。
かたわらに赤城の大神をもうつしまつれり。
かうぬしへたうなともあらて、名ぬしか家にてまつりなとをものとするとそ。~
原文のまま
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④宇芸の里 ハイキングコースを歩く

2015.03.23.Mon.09:14
★神成山ハイキングコースを散策
宮崎公園に車を停め出発。
果たして、歩きとおせるか?
3・45キロ

★このような道幅の尾根伝い歩きです。
9つの山のアップ・ダウンが続き、きつくて汗びっしょり。
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★保存会の人の継続的な手入れ管理のおかげで、
このコースが歩けるのだと痛感&感謝。
神成城は国峰城(甘楽町)に次ぐ小幡氏の第2の持ち城だったそうです。
Pかんなり
★日頃の運動不足がたたって、6つ目くらいの登りから、
足がぐらつき不覚にも「ウガジン様」を見過ごしてupできずm(__)m
残念・無念。
でも、体脂肪が燃焼し、平地歩きでは味わえない爽快感・達成感があった。
次回は、おにぎりと水筒を持参して、山歩き用の服装にして、再チャレンジの予定。
自動販売機が一台もないので、見事にお金を使わなかった。
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故郷忘じがたく候 司馬遼太郎著

2015.03.16.Mon.10:14

★作家司馬遼太郎を魅了した沈寿官と苗代川
16世紀末、朝鮮の役で、薩摩軍に日本へ拉致された、数十人の朝鮮の民があった。
以来400年、やみがたい望郷の念を抱きながら異国薩摩の地に生き続けた、その子孫たちの痛哭の詩
~裏表紙抜粋
約60ページの短編です。

③宇芸の里 元姫街道を歩く

2015.03.14.Sat.14:33
★神成山(かんなりやま)ハイキングコースとしても人気
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★旧姫街道を一人散策した。
~10月15日の「だいだい」の祭りを見に来てよ~
村祭りで獅子舞が奉納される。
声をかけてくれた里人に感謝。
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★神成城跡やウガジン様を次回は見たい。
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★風は冷たいが、梅の花が咲いて、春が近い。
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★この里を愛する一人の里人が
古代ハスの池を整備中だった

無償の労働に胸を打たれた。

雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)の里を歩く①

2015.03.13.Fri.17:41
★司馬遼太郎
司馬さんの近江についての随筆の中に・・・
そぞろ歩きが楽しい雨森の集落を訪ねる喜びが
まるで少年のように素直に綴られていた。

★2013年 高月町渡岸寺から雨森の集落を目指して歩いていたら
集落方向から出てきた少女が気持ちよく挨拶をしてくれた。
見知らぬ旅人へのこの配慮に
「芳洲の心が今も生きている」と感動
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★朝鮮通信使について
芳洲の生涯について
親切な学芸員さんのお話を伺いながら
ゆっくりしたい。
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★何度行っても楽しく懐かしく麗しい雨森の集落
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訪れた人はみな、この集落に癒されて帰路に着く。

鬼室集斯(きしつしゅうし)と小野村

2015.03.13.Fri.10:04
★司馬遼太郎 
街道をゆく「韓(から)のくに紀行」の最後は
「近江の鬼室集斯」
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★ここは、観光バスで団体で押し寄せて
ピンポイント見学するような場所ではない。

地図と「韓(から)のくに紀行」をリックニに入れて歩きたい。
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★小野村へ
「この小野こそ蒲生野を拓いた百済人の最初の根拠地だったにちがいないが、しかし家数はかぞえるほどしかなく、どの農家も千年の伝統を感じさせるような風格があって、ゆゆしげにみえた。
たまたま私は、「蒲生郡桜谷奥津保小野村」という明治30年代の村の地図をもっていた。
この地図(といっても風景図だが)によると
「朝鮮坊山」という山の名も見える。
村は谷間をひらいて耕地にしたもので、まだ山中から流れ落ちる初々しい蒲生川が流れている。
その川のそばの崖に小さな森があり、田のあぜを通ってその森までゆくと、百坪足らずの境内にささやかな祠が建っている。
鬼室神社である。」~近江の鬼室集斯より抜粋
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★司馬遼太郎が生きていたら、今の日本をどう思うだろう。

心の中で司馬さんと対話しながら、歩いてみたい。
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※鬼室集斯は、百済滅亡の際、亡命してきた百済王族。
今でいえば、初代の文部大臣兼東大総長ともいうべき「学識頭」に任ぜられた最高級の知識人。

②宇芸の里 湧水地を歩く

2015.03.11.Wed.14:19
②宇芸の里

参道を歩いていると流れの速い蚊沼川が
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記憶を頼りにたどり着いた「吉田の池」
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古代ハスの手入れをしていた保存会の方に
「石坪の池」を教えていただいた。
池とはいえ、実は、湧水であり
ここは国有地であるとのこと
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吉田の池、烏井戸(からすいど)、石坪の池
みな湧水である。
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烏井戸は、個人のお宅にあった。
親切な保存会の方に案内していただいた。
湧水の里人の親切が嬉しかった。 

①宇芸の里 参道を歩く

2015.03.11.Wed.13:33
①宇芸の里 (富岡市神成)
宇芸
宇芸(うげ)という漢字に、何故か魅かれる。
古代を感じる文字だ。
いつも この道路を通る度に 不思議に思っていた。
そもそも「宇芸」って 一体どんな意味なのだろう・・・・
そう疑問をおもってから、何年か過ぎた。

今日は、午後時間がとれた。
家族から 解放された。やれやれ
そうだ!
今日は、一人で「宇芸神社」を探検しよう。
久しぶりの古代史ウォークに心は弾んだ。
いざ、宇芸神社へ
GO!

国道254号をちょっと入ってみる。
鳥居の向こうに、上信電鉄の線路がある。
まっすぐな参道をゆっくり歩く。
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東西に連なる神成山(かんなりやま)
旧姫街道に沿って26件の家々が並ぶ。
宇芸(うげ)の里
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宇芸(うげ)神社が鎮座している。

「宇芸」と書いて、「ウゲ」と読む。
「ウケ」は、食の意味。
食べ物を司る女神。
貫前神社の御饌津神と考えられている。
古代から貫前神社と深い関わりがあったようだ。
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古代からの湧水が三か所もある。
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「この家の後ろの山頂あたりに元宇芸神社があったんだよ」
と親切な里人が教えてくれた。