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安曇族関係地①

2016.10.17.Mon.14:49

★わけあって 安曇野に一泊。
(実は、家族旅行なのですが)
穂高神社の資料館に行く度に、「安曇族の分布」の展示をブログにupできたら・・・と思っていました。
今回、時間があったので、資料館の許可を得て、撮影しました。
そして、解説文章を復元して、ここにupいたします。

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★安曇族は福岡の志賀島を拠点に日本各地にその足跡を印した。
主な安曇族関係地一覧
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★海の中道より見た志賀島全景
(福岡市東区)
島の右側が玄界灘、左側が博多湾。
かつては島であった。
安曇族が大陸からこの島に上陸したと考えられる。
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★綿津見三神を祀る志賀海神社
(志賀島)
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の禊祓(みそぎはらい)の際に誕生した広津綿津見、中津綿津見、表津綿津見 三神を祀る。
代々宮司は、阿曇氏が務める。
綿津見神社の総本宮。
県指定無形文化財の神事「山誉漁砂祭カ(やまほめかりすなとりさい)」が例年11月15日に挙行され八乙女の舞が奉納され、祝詞に「君が代」が奉納された。
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安曇族関係地②

2016.10.18.Tue.15:51
★志賀海神社の中津宮(勝馬宮)
    (志賀島)
志賀島北端(勝間地区)の海にある沖津宮、そこから南の内陸部に中津宮、さらに南に表津見があった。
2世紀~4世紀に表津宮(底津綿津見神)が現在の勝山に遷座、あわせて仲津綿津見神、表津綿津見神が奉祀されたと伝えられる。
勝つ馬の中津宮近くに7世紀頃築造の中津宮古墳がある。
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★金印発光地と「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」の金印
     (福岡市東区志賀島)
江戸時代の天明4年(1784年)、志賀島の南端「叶崎」で出土。
発見したのは地元の農民。
建武中元2年(57年)、後漢の光武帝より奴国王に授けられた金印とされる。
出土地付近は、「金印発光地」として、公園となっている。
現在、金印は福岡市博物館に保管・展示されている。
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★宗形神社
    (米子市)
宗像三女神を祀る式内社。
創建年代は不詳だが、北九州より宗像氏族が、祖先神の宗像三女神を奉じて九州からこの地に来て、斉祀したのが起源と伝えられている。
周辺には宗像古墳群がある。
加茂川流域にあり、住古はこの辺は入海であったと伝えられる。
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★阿陀萱(あだかや)神社
   (米子市)
大国主命と八上姫の娘阿陀加夜奴志多岐喜比売命が因幡に向かう途中、この地の榎の木に指を挟み抜けなくなって、この地で子どもを産んだことから安産の神として、祀られた神社。
隼人系の阿多族との関連を想起させる。
米子市の加茂川流域は宗像・住吉・阿多・安曇が同居している感がある。
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安曇族関係地③

2016.10.19.Wed.08:01
★伊良湖岬灯台
(愛知県田原市渥美町)
渥美半島突端。
ここから南に見える神島(三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台)にある八代神社の祭神は、綿津見神である。
また、伊勢湾岸沿いの砂丘地帯にある藤原古墳群は、海人集団の古墳と言われ、製塩土器などが出土している。
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★妻木晩田(むざばんだ)遺跡の四隅(よすみ)突出型墳丘墓
美保湾を望む風光明美な高台にある遺跡群。
鳥取県大山町から米子市淀江町にわたる国内最大級の弥生時代(中期から後期)の集落遺跡。
遺跡の面積は156ヘクタールに及ぶ。
竪穴住居395基、掘建柱建物跡502基、墳丘墓(四隅突出型墳丘墓含む)24基、環濠等が発掘、一部復元されている。
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★穂高神社
(長野県安曇野市穂高町)
安曇族第二の本拠地とされ、祭神は穂高見神・瓊瓊杵神・綿津見神の三神を祀る。
北アルプス奥穂高岳に嶺宮が、上高地の明神池ほとりに奥宮が鎮座する。
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★斑鳩寺(いかるがでら)
(兵庫県揖保郡太子町)
606年(推古天皇14年)聖徳太子が推古天皇から播磨国揖保郡の土地360町歩を賜り、大和国斑鳩宮から移住し当地を斑鳩宮(鵤荘)と命名、伽藍を建立したのが始まり。
国の重文である三重塔が有名。
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安曇族関係地④

2016.10.19.Wed.08:47
★安曇(あど)橋
(滋賀県長浜市高月町西阿閑にしあつじ)
琵琶湖畔の西阿閑地区を流れる小川北ノ川にかかる橋。
高月町は安曇川町とは琵琶湖の対岸にあたる田園地帯である。
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★恋路ケ浜(こいじかはま)
太平洋を望む渥美半島突端に位置する島崎藤村の詩「椰子の美」で有名。
恋路ケ浜西方に「阿祖の磯」と呼ばれている所があり「竜神」を祭祀していた祠があったという。
祭神は綿津見神で「阿祖」の地名は「阿曇族の祖」から付けられたと伝えられている。
神島にある八代神社の祭神は、綿津見神である。
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★阿志都弥神社
(滋賀県高島市)
祭神は、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)命
(瓊瓊杵尊の妻、神武天皇の祖母)
式内社である。
木花咲耶姫命の別名が葦都姫命で、そこから神社名がついたと思われる。
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★阿志都弥神社前の水路
(滋賀県高島市)
安曇族の領地といわれる付近は、水が豊かな地である。
家々の前には、鯉が泳ぐほど、きれいな生活用水が流れ、洗い物なとが行われている。
この辺りは地下2メートルくらい掘れば地下水が湧き出るとのこと。
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★安曇氏の氏寺蒲生の薬師堂跡
(滋賀県高島市新旭町)
安曇比羅夫の墓の近くに安曇氏の氏寺といわれる「蒲生の薬師堂跡」がある。
本尊は、薬師如来で、比羅夫が白村江の戦いで使った軍船の帆柱で刻んだ仏像が7体あったと言われている。
安曇氏の菩提を弔うために建てられたとされる。
織田信長の兵火により仏像も堂宇も焼失した。

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安曇族関係地⑤

2016.10.19.Wed.09:03
★太田神社
(滋賀県高島市新旭町)
明治以前、この神社境内には、住吉三神と豊玉彦神、豊玉姫神、猿田彦神の六神が祀られていた。
「六所舟魂大明神社」があったとのこと。
この社には安曇連の祖神であったと言われ、いずれも海人系の神々である。
この辺りが安曇氏の領地といえる。
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★安曇比羅夫(あずみのひらふ)の墓
安曇比羅夫は白村江の戦い(663年)で戦死。
この墓碑には「宝永三年(1706)丙戌 十一月二十四日大将軍墓補川妻善太夫」と刻まれている。
人々は、「大将軍塚」と呼び、安曇比羅夫の墓と伝えている。
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★安曇族滋養陸の地・岩見港
(兵庫県たつの市御津町)
安曇族の関係地揖保郡太子町の南にある岩見港は瀬戸内海の漁港。
神功皇后が三韓征伐の折りにこの地に立ち寄ったとされる。
また、安曇族がここに上陸したと言い伝えが残されている。
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★安曇川(あどがわ)河口
比良山地と丹波高地の渓谷を流れ下る淀川水系の一級河川。
高島市安曇川町辺りから三角州を形成し、川幅が広がる。淀川から、安曇川を経て、安曇族は入り込んで来たのだろうか。
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