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三角(みかど)を探して①

2016.08.19.Fri.16:23
「群馬県 謎解き散歩」を読んでいたら
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奈良・平安時代には秋間丘陵に県内有数の窯業がつくられ、瓦・須恵器を上野国(かみつけのくに)の諸施設造営のために大量に供給していた。
だが、国府・国分寺跡出土瓦には生産地が記されている例が多いが、この窯場で生産された瓦には、なぜか一切表記がない。
国府直営の窯場だったことによるものであろうか。
窯場の中心地区には「三角(みかど)」の地名が二カ所に残されているが、地域には多胡(たご)姓が多く、「多胡碑」と称する碑まである。
高崎市吉井町の多胡碑建立の地が「御門(みかど)」であることも示唆深い。
窯業つながりだろうか。
(大工原 豊)

羊太夫伝説を書いたころから、いつかいつか行ってみようと思っていた。
下秋間の多胡集落。
古代の窯場だった三角(みかど)。
多胡碑のある場所も「御門(みかど)」という。
御門・・つまり「天皇のいる場所」だったのだ。
大和朝廷によって、討たれる前までは・・・

自宅から15分もかからないのに
何故か遠い場所だった。

近くて遠い三角(みかど)にときめいた。

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多胡碑発見かと思ったら、「多胡庄吉翁の碑」とあった。
地域の発展に貢献した人物だろうか?
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里山がそのまま墓地になっている。、
丁寧に手入れされていて、気持ちの良い空間になっていた。
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手入れされた田園の向こうに「三角(みかど)」と呼ばれる地域を発見した。
美しい風景。
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車を止めて集落の周りを歩いた。
公民館はなかった。
「多胡さん」という家もあまり確認できなかった。

こんどの日曜日にもう一か所の三角(みかど)を見つけてみよう。
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三角(みかど)を探して②

2016.08.19.Fri.17:38
集落を通る道路を歩いていくと「新三角橋」があった。
やっぱり、ここは、三角(みかど)だ。
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集落の一番上に登ると砂防ダムになっていた。
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ここが、本当に
古代の窯場だったのか。
三角(みかど)だけど、多胡姓はいない。
もう、一か所の三角(みかど)は、どこにあるのだろう?
~それは、地元の歴史通の人に教えてもらわないとわからない。~
課題は残るが、大満足で帰路に着いた。
三角(みかど)、そこは歴史を秘めた美しい集落だった。

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火祭りの大島を歩く①

2016.08.19.Fri.18:01
毎年8月16日に 羊太夫を偲んでおこなわれる大島の火祭り
その火祭りの里、大島を歩いてみようと富岡市に仕事で行った帰り道に思いついた。
車を降りてカメラ片手に歩いてみた。

和合橋から鏑川の向こうに見える
一文字が灯される城山北面の斜面スペースを眺望する。
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和合橋のたもとに、竹を括り付けてある。
この地方のお盆の風習だろうか?
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大島は「北向き観音」でも有名だ。
でも、何故か、いつも行きつけない、不思議な名所だ。
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上高瀬の集落から野上川にかかる船川橋を渡って、大島の集落へ
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つづく

火祭りの大島を歩く②

2016.08.19.Fri.18:10
大島の集落は、古い養蚕農家の建物が多かった。
83歳の地元の老人と会話をした。
現在、養蚕をしている家は、一軒もないそうだ。

老人が生まれる前から、大島の火祭りは、毎年行われてきたそうだ。

1300年間続いているというこの行事
「約1300年前にこの地を治めていた羊太夫は領民からの信望が厚かったが朝廷から謀反の嫌疑を掛けられて滅ぼされたという伝説がある。火祭りは、領民たちが羊太夫の遺徳をしのび、非業の死を弔うため始められたという。

現在は、同地区住民によってその年にちなんだ事象や願いを込めた文字が当日に決められ、毎年違う火文字が灯される。
今年は昨年の「平」に続き「世の中が平和になりますように」との願いから「和」が選ばれたという。」2016・8・18 東京新聞より


集落には、小間さんという家が何軒もあった。
かつては、高麗さんだったのでは?とつい想像してしまう。

火祭りがおこなわれる高速道の城山北面のすぐ下の温泉、大島鉱泉も小間さんという苗字だった。

大島鉱泉には北向観音平素札所があった。


高速道の城山北面の真下に位置する大島鉱泉
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人影まばらな大島鉱泉、地元の人が利用するのだろうか?
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大島鉱泉には北向観音平素札所があった。

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三角(みかど)を探して③

2016.09.06.Tue.16:34
安中生まれで博識な知人に
「多胡碑のある三角(みかど)を探しているんだけど~」
と呟いてみた。
知人は、パソコン教室の主催者で、廃墟萌えの趣味人なので、
しばらくたってから
「地域史に詳しい人を紹介してやるよ。」
と約束してくれた。
「Sさんは奥さんが亡くなって、1人暮らしをしている。
ちょっと耳が遠いから、その点を了承してね。」
と、廃墟萌えから事前注意点を聞かされていた。
耳が遠くても、貴重な人材。
やっぱり、こういう場合は地元の情報をゲットしないと。
雨模様の土曜日に
廃墟萌えの知人と私が集めた資料を全部読破した親友Aと3人で
元教育委員会勤務の地元史に詳しい老人Sさんの家を訪れた。
白髪の美しい上品な老人Sさん宅へ チャッカリお邪魔した。
妻に先立たれ、一人暮らしのSさん宅への珍客来訪に、隣に住む感じの良い娘さんが
気づかって お茶を入れに来てくれた。
ありがたい。
ちなみに、私、廃墟萌え、親友、Sさんの娘さんは、ほぼ同じ年だったので、なんだか楽しかった。
「三角(みかど)は多胡碑のある吉井町の「御門」を意味する」という説に、
Sさんの娘さんが驚いてくれたりして、嬉しかった。
(昔から 誰かをビックリさせたりすることに無上のヨロコビを感じるタイプなので)
東山道 庚申信仰 秋間の歴史 石仏などについて、S老人を先生にあれこれ話が盛り上がった時、
S老人の記憶が蘇り
「多胡碑は、集落の公民館の裏にあったな!」という証言を得ることができた。
ヤッタ~!

実は、前回の1人散策の時、集落の公民館付近までいったのだが、人家に見えて、近づけなかった。

そこで、三人は、S老人と娘さんにお礼をいって、集落の公民館を目指した。

台風の影響か、小雨が降っていたけれど、今日は是非是非、念願の多胡碑を発見するのだ。

そうして、前回散策した三角の集落より やや西側の集落へ向かった。
そして、公民館の裏側に、ついに 隠れるように建っていた多胡碑を発見し、三人でヽ(^。^)ノした。

誰が建てたのか、いつ建てたのか、分からない。
でも、古代日本に渡来し、この地を開拓した祖先への尊敬を心に秘め、生きている人々の心意気に触れたような気がした。
大満足だ。

こんな私の道楽というか、趣味につきあってくれた廃墟萌え、親友、S老人親子
安中には、いい人がいっぱいいる。
最近「住んでよかった安中市」
をスローガンに、日々、本業にも励んで過ごしています。
ありがとう!


道路沿いからは、わからない。
細い隙間をくぐって裏手の山を目指していく。
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あまりに地味な建物なので、1人暮らしの老人の住む民家にみえた。
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裏手の山に、多胡碑が建っている。
公民館が先だったのか、多胡碑が先だったのか、分からない。
が、この碑はこの集落に生きる人々の精神的支柱になっていたに違いない。
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「知りたい人にだけ、わかる多胡の碑」
それでいいんだと一人納得した。
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