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上野国 国分寺を歩く①

2015.02.04.Wed.14:37
sozou可愛い国分寺跡

高校時代に古典の先生に連れられ、
確か、「住谷さん」大きな養蚕農家の納屋で
このような塑像を拝見した。
手のひらに乗るような小さな塑像・・・・
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前橋市で、仕事の研修があり、朝7時に家を出た。
雪が降り出し、道路は渋滞。
やっとの思いで、研修場所に着いたら、
昨年受講完了した研修であることが判明。
ついにアルツか(-_-;)
ボッカリ一日時間が空いてしまった。
「そうだ。・・・・・国分寺に行こう」
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国分寺跡には、「資料館」があり、誰か学芸員さんがいる。
ここの学芸員さんと話がしたくなった。
博識で、人生の機微も心得ている方ばかり。
歴史好き、古代史ファンには、至福の時。
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今日は、いつも、歩きたかったいろんなエリアを歩こう。
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上野国 国分寺を歩く②

2015.02.04.Wed.15:19
★天平の橋から妙見寺方向を眺める。
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★公民館前の石仏群



★十年前に一目ぼれした石仏に再会

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★北極星の信仰を起源とする妙見寺と妙見社
なぜ、もっとこのお寺の歴史的存在価値をアピールしないのか、残念に思う。
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★妙見茶屋本店
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前橋市エリアにいくつもチェーン店をもつ妙見茶屋本店
両親とも前橋市出身なので、子供の頃食べた
「酒まんじゅう」は懐かしい味だった。
いつも、国分寺散策の帰りには立ち寄ろう。

あまり主張しない妙見寺と薄味の酒まんじゅうは、
不思議とつりあいが取れていた。


上野国 国分寺跡を歩く③

2015.02.04.Wed.15:47

都丸さんの姓が多い都丸集落。
大きな養蚕住宅が多い静かな住宅地。
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山王廃寺
放光寺
私が興味を持つ古代豪族上毛野君(かみつけのきみ)創建
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塔心柱根巻石 連弁までアートしているこの感性は、凄い。
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石製鳩尾
この様な巨大な鳩尾が乗る古代寺院が存在したことは今では想像しにくい。
しかし、利根川・牛池川の水運を利用し、朝鮮半島とこの列島を行き来していた古代豪族
上毛野氏の先進的な技術力がこの地の開拓に貢献し、古代の繁栄を築いたのであろう
この地を古代の政治的文化的中心地としたのであろう。
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山王廃寺の手前の家
都丸集落の資産家が倉渕村の「小栗上野介」の家を移築
現在は、無住になっていた。

上野国 国分寺を歩く④

2015.02.05.Thu.11:29
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上野国府跡(こうずけこくあと)宮鍋様(みやなべさま) 
上野国府推定地 かつ 元の総社神社のあった場所
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蒼海城跡(おうみじょうあと)
蒼海(おうみ)~この地名から私はどうしても上毛野氏を連想してしまう。

【宮鍋神社由緒】
人皇第十代崇神天皇の第一皇子豊城入彦命が東国統治の命を奉じ、この地方に下降した際、宮之辺の地に経津主命を祭祀して武運長久を祈ったのが、総社神社の始まりと伝えられております。

発見ヽ(^o^)丿 神明宮(じんめいぐう)

2015.02.16.Mon.11:38

★今はなき「総社資料館」
2007年総社古墳群を歩いた時 当時は個人の養蚕農家に「総社資料館」があった。
そこで、資料をいただいて、いつもの習慣で紙袋に入れて、
押し入れに保管しておいた。
今回、国分寺跡散策の為に取り出して、フムフム読んでするうちに、
「ここには、絶対行かねばならぬ」という場所が出てきた。

★「元総社・東の文化財めぐり」前橋市教育委員会発行
⑬神明宮(じんめいぐう)
豊城入彦命(トヨキイリヒコノミコト)
(崇神天皇の皇子)が東国遠征の時、しばし戦いをやめ、身体を休めたとの言い伝えられる場所。

庚申の信仰は江戸時代に庶民の間で流行し、さかんに塔が造られました。
ここにある庚申塔はほとんどが文字庚申ですが、中には青面金剛像を彫った立派なものもあります。~

★豊城入彦命(トヨキイリヒコノミコト)
は崇神天皇(スジンテンノウ)の皇子で上毛野君、下毛野君の始祖。
Wikipediaによると
~『日本書紀』によると、崇神天皇48年に天皇は豊城命(豊城入彦命)と活目尊(いくめのみこと、後の垂仁天皇)に勅して、共に慈愛のある子でありどちらを後継者とするか決めがたいため、それぞれの見る夢で判断すると伝えた。豊城命は「御諸山(みもろやま:三輪山)に登り、東に向かって槍(ほこ)や刀を振り回す夢を見た」と答え、活目尊は「御諸山に登り、四方に縄を張って雀を追い払う夢を見た」と答えた。その結果、弟の活目尊は領土の確保と農耕の振興を考えているとして位を継がせることとし、豊城命は東に向かい武器を振るったので東国を治めさせるために派遣されたという。~

★崇神天皇(スジンテンノウ)
Wikipediaによると
~崇神天皇(すじんてんのう/すうじんてんのう、開化天皇10年 - 崇神天皇68年12月5日)は、『古事記』『日本書紀』に記される第10代天皇(在位:崇神天皇元年1月13日 - 同68年12月5日)であり、現代日本の学術上、実在可能性が見込める初めての天皇であると言われている。~

★眩暈
凄い・・・ 凄すぎる。
眩暈がした。
豊城入彦命(崇神天皇の皇子)が東国遠征の時、身体を休めた場所・・・・
約1700年~1800年らい前か・・・
冷たい空っ風の吹く日曜日
一枚の資料片手に 石倉町を目指した。
石倉寺

★石倉城跡
何となくこの辺りかなと検討をつけて、
車を降りたら、そこは石倉城跡の公園だった。
付近を歩いていた住民の方に
「すみません。あの神明宮は、どちらでしょうか?」
と尋ねると
「・・・聞いたことないですね。でも、向こうの通りに大きなお寺がありますよ」
と教えてくれた。
神仏習合でその大きなお寺の中にあるのだろう。
多分そこだなと思い、大きなお寺に行った。
林倉寺
★林倉寺
大きなお寺はよく通る道路に面した「林倉寺」だった。
車を停めて、寺内を散策したけれど、神社らしきものはなかった。
近辺を散策しよう。
北方向に、住宅地に不釣合いな巨木発見。
前回国分寺跡散策の時「宮鍋さま」は、地図にある店が
すでに閉店していて、大変困難だった。
が、住宅地に不釣合いな巨木を目指していったら、行き着けた。
前回の教訓から、巨木を目指して歩いた。
神明宮
★発見 神明宮
1700年の時を経て、この石倉の地に今も残る
古代の開拓者の足跡に胸が熱くなった。
寄進者を記した石碑はあったが、
この神社のイワレを記したものは何もなかった。
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★郷愁
そこは、子供の頃よく遊んだ前橋市の
亡母の実家の裏の神社に似ていて郷愁が湧いた。
掃除が行き届いていて、地元の人により、
大切に維持管理がなされていることがよくわかった。
イワレは忘れ去られても・・・・