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秦氏を追って①

2015.01.15.Thu.15:36

万古渓谷入口の「万古隧道」
長野県下伊那郡泰阜村「秘境中の秘境」

「秦氏の秘教 シルクロートから来た謎の渡来人」
菅田正昭著Gakken出版より
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~作家で元長野県知事の田中康夫氏が、知事をしていたころ、ここに住民登録をしようとして長野県から拒否されたことで知られる秘境スボットである~(抜粋)

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(イメージ)
~奇岩怪石が連なる万古川の片隅には、旧・万古集落の鎮守・小鷹神社が忘れ去られたように、ひっそりと鎮座していて、その社殿の奉納札を見ると、そのほとんどが、「秦」姓だった。・・・・・そこには、社殿を修理した際の「秦」姓の寄進者の名前が連なっていた。なんで、こんな山奥の隠れ里のような、現在は無人集落化している秘境まで、「秦」氏を名乗る人々がやってきたのであろうか。・・・・~(抜粋)

この奉納札が見たくて、見たくて・・・・
夢にまでみた「秦」氏の奉納札・・・・・・

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杣人(そまびと)の里 雲ケ畑①

2015.02.08.Sun.13:28
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京都 北大路駅前から「雲ケ畑バス~もくもく号~」に乗って30分
平安京造営のために杣人が移り住んだという村
雲ケ畑
今度、京都に行った時、まっすぐにこの里を訪ねたい。
猿2
持越峠からみる雲畑集落3
持越峠頂上からみる雲ケ畑集落
170人が住む小さな集落
惟高神社4
惟喬神社
平安時代 権力争いに敗れた惟喬(これたか)親王が隠棲した。
岩尾山志明院
岩屋山志明院
「水源地を祈願し祀らなければ、暴れ川である賀茂川は治まらず、都の平穏はない」
829年 空海により創建

杣人(そまびと)の里 雲ケ畑②

2015.02.08.Sun.13:50
出会橋
出会橋付近から見える雲ケ畑集落
杉玉
軒下の杉玉
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鴨川源流で、川遊びする子供たち
水門壺
家庭用雑排水をきれいにして川に戻すため「水門壺」がある。
~雲ケ畑は賀茂川の水源地である。
従って、この地が汚染されると、下流の京都御所、ひいては京都の街一帯に幅広くその影響が及ぶ。
そこで、雲ケ畑の住民はこの水をけがさないように心得て生活をしてきた。
昭和30年代までは、死者の埋葬(穢れとされていた)に際しても、この地を避けて持越峠を越えた真弓集落まで運び、そこで埋葬の段取りを済ませていた。
かつては、おむつをゆすぐこともできなかったという。
現在でも、地元農協の女性部では「手作り廃油石鹸」の使用を奨励し、生活排水をきれいに保つよう努力している。
~Wikipedia「雲ケ畑」より抜粋
山椒魚
オオサンショウウオも棲息する。

杣人(そまびと)の里 雲ケ畑③

2015.02.09.Mon.10:17
ひのに
~我々の土地は、平安京を作る時から杣人が住んでいた。
洛中は何度も戦火で焼け、人も入れ替わったのに、雲ケ畑などはずっと残ってきた。
我々は生粋の都人。
この辺境な土地だからこそ、文化が残ったんですね~安井昭夫さん
「北山三村・しあわせの再発見」より抜粋
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バスの時刻表
一日二回だけ。
のり189
「水を汚さないよう」心得て暮らす 
これこそ本物の都人の崇高な精神ではないだろうか
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毎年8月24日の松上げ
夜空に火文字を浮かびあがらせる。

十三参りの法輪寺①

2015.06.01.Mon.14:06
京都 嵯峨野 法輪寺
一度行ってみたかった

観光用の寺院ではなく
京都の人の生活に根差したお寺
十三参りのお寺

私の好きな空海さんも
法輪寺を訪ねた記録があることを知り
JR嵯峨野駅に一人
降り立った
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★桂川

★渡月橋
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★中ノ島公園を過ぎて
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旅館が並ぶ街中に、小さな参道があった
この参道から入ることにした
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