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太郎坊宮を登る

2015.01.22.Thu.15:50

どうしても行ってみたかった「太郎坊宮」(八日市小脇市)
関東では、あまり知られていない。
近江八幡から近鉄八日市線に乗って四つ目の駅「太郎坊宮前」で降りる。
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私達の他、誰も降りなかった。
同行者は、午前中に安土城を登り、
~あぁ疲れた もう今日はいいよね~
みたいな「お疲れ様モード」に勝手に突入している。
なんせ新幹線に乗ってきたので、もう一頑張りしないともったいない。

八日市の駅を降りと、そこから「太郎坊宮」への参道になっていた。

子供たちが、川遊びをしていたので、
「何が獲れるの?」と聞くと
ナント!(^^)!
「亀」にはビックリ!
小さな亀が何匹もいた。
まさに、神の棲む里。
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太郎坊宮は、赤神山の中腹にある。
やっと人が一人通れるくらいの裂けた巨岩の夫婦岩が屹立する。
同行者には、この様な巨岩があることは内緒。
突然現れた巨岩に、
安土城をよじ登ったお疲れもぶっ飛んだようだ。
「今日は、ビールを奢ってあげる」と言うと
「一日二回も山登りしたから、ビールが旨いだろな」だって(笑)
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太郎坊宮の社殿から蒲生野を一望する。
蒲生野は、憧れの地だ。
しかし、一回で全部制覇するのは、困難。
湖東三山ばかりの旅行会社のツァーでは、面白くない。
仕事三昧の夫を誘って時々歩こう。
いつも、ありがとう。感謝。
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鬼室集斯(きしつしゅうし)と小野村

2015.03.13.Fri.10:04
★司馬遼太郎 
街道をゆく「韓(から)のくに紀行」の最後は
「近江の鬼室集斯」
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★ここは、観光バスで団体で押し寄せて
ピンポイント見学するような場所ではない。

地図と「韓(から)のくに紀行」をリックニに入れて歩きたい。
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★小野村へ
「この小野こそ蒲生野を拓いた百済人の最初の根拠地だったにちがいないが、しかし家数はかぞえるほどしかなく、どの農家も千年の伝統を感じさせるような風格があって、ゆゆしげにみえた。
たまたま私は、「蒲生郡桜谷奥津保小野村」という明治30年代の村の地図をもっていた。
この地図(といっても風景図だが)によると
「朝鮮坊山」という山の名も見える。
村は谷間をひらいて耕地にしたもので、まだ山中から流れ落ちる初々しい蒲生川が流れている。
その川のそばの崖に小さな森があり、田のあぜを通ってその森までゆくと、百坪足らずの境内にささやかな祠が建っている。
鬼室神社である。」~近江の鬼室集斯より抜粋
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★司馬遼太郎が生きていたら、今の日本をどう思うだろう。

心の中で司馬さんと対話しながら、歩いてみたい。
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※鬼室集斯は、百済滅亡の際、亡命してきた百済王族。
今でいえば、初代の文部大臣兼東大総長ともいうべき「学識頭」に任ぜられた最高級の知識人。