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魏石鬼岩窟(ぎしきのいわや)探検隊①

2014.12.30.Tue.13:35
無題-1
安曇野に何度か行くうちに、ここにも、
「討たれし豪族」がいたことを発見(^_^)v

魏石鬼岩窟(ぎしきのいわや)に棲む八面大王。

飛騨高山の両面宿儺(りょうめんすくな)に
負けていない。
なんせ、八面なのだから。
安曇野の古代史に興味をもった私の疑問に、
スッキリ答えてくれたのが、この本でした。
抜群の面白さ、古代史ファン必読の書です。

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写真は、穂高神社にある662年「白村江の戦い」
で戦死した安曇比羅夫像。

時間のある人は、穂高神社にある常設の資料館で、
「安曇族」について、しっかり学習してください。
(事前に連絡すれば、宮司さんが
丁寧に解説してくださいます。)

時間がないけれど、知りたい人の為に、
チョッコと説明(^^)

古代の海人族には、安曇族・宗像族・住吉族が
三大勢力として栄えていました。
安曇族は、福岡市の志賀島を本拠地として栄え、
朝鮮半島の伽耶・対馬などを自由に行き来していた
漁労の民であり、交易の民だったのです。
(まだ、国も成立していないから、
したがって国境もない・・・)
大陸の先進文化をこの列島に伝えたのは、海人族で
あったと言っても過言ではありません。
鉄・稲作・馬・古墳・・このルートからいち早く
この列島に伝えられたと思われます。

しかし、大和朝廷による国土統一の過程の
「磐井の乱」で滅ぼされ、日本中に散っていきました。

その痕跡は、阿曇・安曇・厚見・厚海・渥美・泉・
熱海・飽美など、日本各地に地名として、残っています。
滋賀・志賀・有明等の地名も安曇族が入植して、開拓した土地です。
今では、合併で高島市となった旧・高島郡安曇川町も
能登半島中央部の石川県羽昨郡志賀町 
その志賀町にある阿津見も

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小説は、ミステリー仕立てになっていて、
最初に主人公の父親が、
魏石鬼岩窟で事故死する場面から始まります。
例によって「行ってみた~い」病が始まり、
「探検ツァー」を企画し、二回ウォークして参りました。
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坂上田村麻呂に討たれた八面大王が
最後に立てこもったとされる魏石鬼岩窟。
安曇野の歴史を語る上で、最重要な場所。
*熊出没注意なので、一人で行かないで、
ウキウキ探検隊を結成して歩きましょう*
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魏石鬼岩窟(ぎしきのいわや) 探検隊②

2014.12.31.Wed.10:50

歩き疲れたら、八面大王の足湯で
まった~りしてください。
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上の写真は、大王わさび農場の中心部に位置する
大王神社
下は、同じく大王わさび農場の中にある
魏石鬼岩窟レプリカ
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安曇野の有明山。
対馬にも有明山があります。
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有明山の麓の有明神社。
この神社の右隣 正福寺から山の中の
細い道を行くと魏石鬼岩窟に着きます。