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祝戸荘(いわいどそう)の夜は更けて

2015.01.04.Sun.11:19

あれは、平成14年。
夜行バスに飛び乗って、奈良、明日香を目指した。
「明日香村マップ」頼りに、歩きまわった後、石舞台に着き、
地図を片手に今宵の宿「祝戸荘」に辿り着いた時は、もう真っ暗だった。
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「祝戸荘」では、夕食の後、明日香村の教育委員会所属の発掘調査員から、発掘調査の発表兼学習会があった。

~祝戸荘には、私の好きな金達寿(キム・タルス)の「日本の中の朝鮮文化」シリーズが全巻ズラリと本棚に並んでいて、
まさに「古代史ファン」の聖地のようなお宿と感動~

①山際で国道工事をしていたら、「大壁建物」という朝鮮半島から渡来した高度な建築技法を用いていた建物跡に「オンドル」の跡が、多数、見つかった。
「オンドル」とは韓国式床暖房。
朝鮮半島からの渡来人が住んでいたことが、この遺跡から証明された。
ということと、
②渡来人の建てたお寺は、瓦を使いまわししおり、相互に協力体制がとられていて、決して争わなかった。
ということだけを今でも記憶している。
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次の日は、昨晩の講師の発掘調査員氏が先頭で、全国から集まった二十数名の老若男女が、棚田の畦道を一列になって、みんなではしゃぎながら歩いた。

古代瓦にハマっている元銀行員←みんなに「ハトサブレ」
を配ってた(^^)
里中満知子の漫画「天上の虹」からこの世界に入った人(笑)←結構多い
大津皇子のファン、釈超空=民俗学者折口信夫「死者の書」が愛読書の東京の主婦。
いろんな人がいるんですねぇ~と新情報をゲットして大満足(^_^)v

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(イメージ)
全員が、コーフンし感動に打ち震えたのは、「栗原地区」だった。
仏教伝来で倭国に初めて仏教寺院を建立する為に、渡来した職人集団の住む集落。
家並みの素晴らしさ・洗練された美意識に、みな大感動。
1400年以上の歴史ある家並みを歩けるこの幸せヽ(^。^)ノ
~しかし、観光案内に載ることはない。何故か~

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上田正昭氏が「帰化人」の中で力説している「古代の有力豪族東漢(やまとのあや)氏の氏寺 檜隅寺跡(ひのくまでらあと)」も念願かなって見学できた。

いつか、今度は地図を片手にもう一度歩きたい栗原集落。
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いつか栢森(かやのもり)を歩く日

2015.01.15.Thu.10:06

明日香村から飛鳥川に沿って歩く。
稲淵を過ぎると奥飛鳥「栢森」の小さな集落に着く。

韓日の古代史にハマった私にとって、「栢森(かやのもり)」には、悩ましい響きがある。
何故かというと「かや」という音韻から
朝鮮半島の南端にあった~伽耶(かや)~を連想してしまうからだ。
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・・・・村史にも残らないほど昔、天皇家ルーツ説もある伽耶、新羅に滅ばされた伽耶から渡来した人々が、静かに、隠れるように、営々と棲んでいるのだろうか。
この森に・・・・

生まれも育ちも職業も別々の国境を越えた三人の友情

「古代日本と朝鮮」座談会 司馬遼太郎 上田正昭 金達寿(キム・タルス)編 中公文庫
日本政府の植民地化政策により、生活が困難になり、10歳で、玄界灘を超えてきた金。
貧しさと差別の中から、自分の力だけで這い上がり作家の地位を築いた金が、栢森(かやのもり)の音韻にそそられて、次々論証しようと試みる。
金へのリスペクトを秘めつつ、その必至さに、おかしみをこらえながらの碩学の作家と学者の対談は、何度読んでも楽しい。

国境もない頃の古代の人々の交流に想いを馳せる三人。
少年のココロの三人の会話に、たまらない魅力がある。

しかし、金達寿も司馬遼太郎もすでに鬼籍の人。
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私に古代史という生きがいを与えてくれた三人に、感謝しつつ、
いつか栢森を一人歩こう。
この本をリックに入れて。