FC2ブログ

海龍王寺

2014.12.25.Thu.15:46
★元藤原不比等の邸宅

海龍王寺は、平城宮跡の東方、法華寺の東北に隣接している。
かつては、藤原不比等の邸宅であったが、不比等の死後、娘の光明皇后により、創建されたと伝わっている。
総国分尼寺して知られる法華時の「隅寺・隅院」と呼ばれていた。


★崩れそうな土塀
31879637-2.jpg
初めてこの寺に入った時、あまりの古さに「無人の寺か? はたまた財政難・維持費不足?」と心配した。
が、そうではなかった。
洗練された美意識をもった住職が、奈良時代の空気感をそのまま残そうと、あえてこのような風情を保っていたことが、BSテレビ番組を視ていたら判明した。
崩れそうな土塀が、なんともいえずにいい。
嗚呼 まさに空気が奈良時代。
このお寺が山奥にあったりしたら、それなりに心の準備もできるのだが、街中で、一歩入ると突然「奈良時代」にタイムスリップしてしまうので、不意打ちを食らった感じ。
感性「美の壺」住職に悩殺され感動で倒れそうになった。

玄昉が唐から日本への帰途、暴風雨に遭った際、
海龍王経を唱え救われたという伝承がある。
遣唐使が旅立つ時に旅の安全を祈願した寺
現代では、留学の無事帰国祈願寺

このお寺には大満足し、家路に着いた。

data=RfCSdfNZ0LFPrHSm0ublXdzhdrDFhtmHhN1u-gM,6habJG-9JpbbLvm3yMXXaRLWlEoLg5RwYgg-UfuhA7mo0IHqjUK5KM_7KxS8I968WGQe66G8B0cI_pquiLiE50o2_X1HCUDuix4V686K9NgGlcsCZWi0kpqrv9yRrMfDEZR0OpzxHvyWzYPuk9I
スポンサーサイト



石塔寺

2014.12.27.Sat.10:49

念願かなって、今年の夏、石塔寺に行ってきた。
e0693-2.jpg
まさに、石の海。
008110016_edited-1.jpg
「天智天皇の二年には、百済が滅び、再び多くの帰化人がこの地に移住した。当時の遺品の一つに、有名な石塔寺の三重の塔がある。・・・・私は、日本一の石塔だと信じている」
~「近江山河抄」白洲正子

「塔なとどというものではなく、朝鮮人そのものの抽象化された姿がそこに立っているようである」
~「歴史を紀行する」司馬遼太郎

蒲生野に位置するこのお寺は、石塔町にある。
弓削町、鋳物師町、建部瓦屋町、土器町、妹町、百済寺町と町名が素晴らしい、トキメクヽ(^。^)ノ。
なのに、蒲生郡蒲生町から東近江市なんてつまらない名前に変えたのは、残念(ーー゛)
次回は、このお寺の麓の村を歩きたい