阿曽岡公園

2017.03.21.Tue.09:03
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阿曽岡の万葉歌碑

かみつけの あそのまそむら かきむだき
ぬれどあかぬを あどかあがせむ

情熱的な愛の歌~なんですって
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貫前神社に向かう途中の住宅地の中の高台に古墳を発見した!
県道47号線の宇田セブンイレブンの真横辺りに位置する。
何度も通った道だけど、今日初めて気が着いた。
車で古墳に行ってみると阿曽岡公園とあった。
貫前神社を造った豪族のものだろうか。
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稲含神社。

2017.03.21.Tue.08:47
☆Hajimeさん ― ソーシャルなぐんまな人々
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甘楽町小幡奥、秋畑のそのまた奥、稲含山山頂、直下の稲含神社。
良い香りのミツマタの花の後ろに稲含山 。
帰りに、評判のこんにゃくパークに寄るといいかも。

町指定史跡「お塚(古墳)」

2017.03.21.Tue.08:34
☆小幡 さんが2月28日 22:20の写真5件を追加しました。

2月28日,
 仕事が終え,帰宅途中の小鹿野町大字般若字十六を散歩しました.般若の丘の南側には,炭焼き小屋がありました.長若小学校付近から北側には,土地改良事業が実施された広い田畑が広がっています.この田畑は,泥質の土壌のようです.般若川の流域は秩父盆地新第三系風化して泥になる権平石が分布する丘陵地なので,このような土になっているのでしょう.山地の硬い真石が流れ込む,荒川流域の石ころの多い土壌とは対照的です.
 長若の信号の近くには.町指定史跡「お塚(古墳)」(昭和34年8月24日指定)があります.小鹿野町文化財ガイドマップには,「長留川左岸の段丘上に位置する高さ約 3 m,直径約 15 mの円墳で古墳時代後期,7世紀頃のものと推定される.墳頂部には「お塚権現」と称する小祠が祀られる.地元では,群馬県吉井町の多胡碑にまつわる伝説上の人物,羊太夫の墓とする言い伝えがあり,当地域の伝説との関連が注目される.」とあります.


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白鬚田原神社(しらひげたはらじんじゃ)

2017.03.17.Fri.10:43


言葉の語源 その113
皆さん、今日も引き続き大分県国東半島のお話をしようと思います。
大分県国東半島の付け根にあたる杵築市太田水掛に、白鬚田原神社(しらひげたはらじんじゃ)が鎮座しております。祭神は天津日高彦穂瓊瓊杵尊(あまつひこひこほににきのみこと)と猿田彦命(さるたひこのみこと)他51柱が祀られております。
この神社では毎年10月17日と18日に「どぶろく祭り」と言うどぶろくを参拝客にふるまうお祭りが開催されます。日本でどぶろく祭りと言えば40か所くらいで行われておりますが、九州では唯一この神社のみです。普段は参拝客もほとんどおりませんが、どぶろく祭りの両日は3万人もの人がこの神社を訪れます。このどぶろく祭り、神社が創建した和銅3年(西暦710年)当初から行われているそうで、元は神事としてどぶろくを作り神様に奉納しておりました。
さて、日本におけるお酒の醸造技術は朝鮮半島伝来だと言われており、新羅からもたらされたと言うのが一般的です。この国東半島一帯は大分県宇佐市にある全国八幡総本社、宇佐神宮の管轄地であった事もあり、新羅渡来人が多く住んでいました。このどぶろく祭りの醸造技術も、元は新羅渡来人が伝え始めたと言われております。
またこの白鬚田原神社は滋賀県の琵琶湖のほとりにある白鬚神社を勧誘したと言われております。滋賀の白鬚神社は祭神が猿田彦命で、顎に白い鬚をたくわえていた事から白鬚神社と言われると言うのが一般的ですが、色々調べるとそれは違うようでした。「白鬚」は「新羅」が転訛した言葉だと言われており、社名の語源は新羅であるそうです。さらに辞書を引くと、猿田彦命は新羅からやってきたと書かれております。つまり新羅渡来神なんですね。
いかがでしたか今日の白鬚田原神社のお話。
朝鮮半島のどぶろくと言えば「マッコリ」。
実は自分、「マッコリ」と言う言葉を20歳になるまで知りませんでした。
それは何故かと言うと、自分の故郷は慶尚南道なので「マッコリ」と言わず「タッペギ」と言うからです。
だからいまだに、マッコリと言う言葉には違和感があります。
そうそう、自分が生まれて初めてマッコリを飲んだのは26歳の時でした。
あっ、タッペギは少学校の時に飲んだことありますけどね・・・
ではまた次回~~~!!


白鬚田原神社拝殿
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白鬚田原神社本殿(右)
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拝殿内の扁額
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白鬚田原神社楼門
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白鬚田原神社鳥居
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鳥居の扁額
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神社にあった仁王像
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白鬚田原神社のどぶろく祭り案内碑
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「岩倉社ケベス祭り」の語源話

2017.03.15.Wed.15:36
言葉の語源 その112
皆さん、大分県国東半島をご存知でしょうか?大分県の北西部に位置して、別府のすぐ北にある丸い半島ですが、ここは歴史ある原風景を残す地で、近年観光地としても注目を浴びている場所です。今日はこの、国東半島のお話をしたいと思います。
国東半島の最北端に、「櫛来社(くしくしゃ)」が鎮座しております。元々は「岩倉社(いわくらしゃ)」でしたが明治に「櫛来社」となりました。ガイドブックや一般的には「岩倉社」の方が名が通っております。
さて、この神社では起源も由来もわからないお祭りが10月に開催されます。火祭りの奇祭「ケベス祭り」です。左右非対称の木の仮面をかぶり、「ケベス」に扮した人が火を撒き散らし、その火の粉を浴びたら無病息災になると言われておりますが、五穀豊穣の祭りなんです。祭りにはちゃんとストーリーがあるのですが、その意味がわからないそうで現在の様に無病息災と五穀豊穣の祭りと言われているようです。
このお祭り、ケベスの面は先に述べたように左右非対称で、かぶると左目はほぼ見えないそうです。何故なのか?実はこの「ケベス祭り」、元々は製鉄のお祭りなのではないかと言われております。古代製鉄に携わる人は、炉の中を状態を調べるために直接覗き込んだことから、片目が熱と光でつぶれたそうです。また熱で顔半分が焼けただれた事もしばしばあるそうです。お祭りや縁日で売られていた「ひょっとこ面」。「ひょっとこ」は元々「火男(ひおとこ)」だそうで、製鉄に携わり片目がつぶれ顔がゆがんだ様子を面白おかしく描いたお面だと言われております。そのひょっとこと一緒で、ケベス面はゆがんだ顔を表し左目もつぶれているので見えない位置にあると言われております。
またこの「ケベス」と言う言葉、語源が韓国朝鮮語ではないかと言われております。「製鉄」は「제철(チェチョル)」、そこで使う空気を送る道具の「フイゴ」は「배이(ペイ)」、運転手や機関手の人を表す「手」は「수(ス)」と言い、その合わさった言葉「제배수(チェペス)」が転訛して「ケベス」になったと言われております。
実はこの他にも、久留米の高良大社を祀っていた「岐部氏(きべうじ)」が国東半島に移り住んだことから「木部衆(きべしゅう)」が転訛して「ケベス」になった説も一部であります。じつはこの岐部氏、地名もそのまま持ってきたと言われ、国東半島の山奥に「高良(こうら)」と呼ばれる40人ほどが住む小さな集落がありますが、そこも高良大社に因んでつけた地名だと言われております。この高良集落では「ホーヤク祭り」と言う意味不明な奇祭が行われます。男女のシンボルを小麦粉で練り上げ形作り、茹であげたら裏山の帝釈天に祭り、その後五穀豊穣と子宝に恵まれる様にとみんなで食べると言った内容ですが、こう言う卑猥な内容になったのは約300年前の江戸時代辺りだと言われ、元々は小麦粉で練り上げた食材を食べた慣わしがあったそうです。実はこの風習、朝鮮半島から持ち込まれたと言われております。つまり、この奇祭「ホーヤク祭り」の起源も、渡来人にまつわるお祭りで、岐部氏も渡来系だと言う事ですね。
「ケベス祭り」、韓国朝鮮語転訛説であっても、「木部衆」転訛説であっても、どちらにせよ渡来人関連って事ですね。実に面白い。
いかがでしたか今日の「岩倉社ケベス祭り」の語源話。
国東半島はこの他に、渡来人にまつわる話が沢山あります。
それは「語源話」と「嘘みたいな本当の歴史話」シリーズでお話して行こうと思います。
ではまた次回・・・


国東半島の岩倉社、ケベス祭のケベス。
見た目は怖いけど、祭りの内容は怖くありません。
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岩倉社拝殿と本殿
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岩倉社拝殿内部
鬼の面が沢山奉納されてます。
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岩倉社鳥居
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岩倉社鳥居の扁額
正式名称は「櫛来社」ですが、扁額には「岩倉社」とありました。
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ケベス祭の説明板
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櫛来社(岩倉社)の由来書
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岩倉社裏にあった、歌碑
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